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人は死ぬときゃ、死ぬんだよ

1分前の父は生きていた
わたしの肌感覚の1分前、確かに生きていた

わたしの腕の中で動かない、息をしていない父
今まで問い掛けに頷いた父が重い空箱になり
首だけが左へ傾いた

父の死因は、誤嚥性肺炎

数日前から高熱を出し、主治医に往診へ来てもらい
「医療センターへ入院させよう」相談も決まり
恐らく、明日は入院かなと思った日

父は脳梗塞で身体障害者になり
胃瘻を開け、エンシュアという
飴のミルキーをもっと濃ゆくさせた液体を
注入口から与えていたのだが
咳と共に嘔吐する回数も増えていた

40度を超える熱がある病人でも
父はお腹を空かせ
理性のない雄叫びが、何かを与えるまで続く

「父さん。肺炎になったら死んじゃうんだよ
さっき胃に入れたばっかやん。もう少し我慢しよ」

執拗な叫びに、執拗に同じセリフを返す
来客や深夜であろうがお構いなしの声
排泄の失敗より、父の要求が辛かった

父が他界する夕方
やっと寝ついたと安堵した隙から要求の声がする
時計を見て、昼食から4時間空いていたので
昼間のように、胃へ注入する
そして、嘔吐した

外は前日から雪混じりの雨
主治医の往診もあり、風邪を引かせまいと
洗濯した物と着替えさせた

パジャマの右腕を通し、胴の裾を下ろして
父の呼吸が聞こえない

確かに右腕を通す時、父に声をかけて
父は「あう」と返事をした
それなのに、今は左へ傾いた首

父へ大声で呼びかける
頸動脈とこめかみに指をあて、父の口元に耳を寄せ

「殺しちゃった」

一大事なのに、冷静な自分がいて
どこかで読んだ心肺蘇生法を思い出すまでもなく
わたしの手足は自動的に動き、父の意識を確認する

119番へ電話し、受話器の向こうから
心臓マッサージのレクチャーを受けながら
父の肋骨がわたしの両手で折れていく

左手に響く感触は、乾いた小枝を折るような
「ああ、死んじゃった」
わたしは何罪に問われるのだろうか
しかし、力いっぱい父の胸を押す

父のパジャマが濡れたままでも
それで解熱しなくても、父が死ぬぐらいなら
放っておけばよかった、大きな後悔が迫った

善意は嫌いだ
わたしの承認欲求や感謝のために、人は殺せない
たとえそれが障害者相手でも
相手が望まないことはしなくないし
今日より明日の自分が良くなるよう時間を使いたい

散々喚き散らして、周囲を困惑させて
娘を殺人犯に

かまってちゃんは野垂れ死ね