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遺言から善悪を考えてみる

「悪が勝つのは
ひとえに 善が何もしないから」

ロシア政治家
アレクセイ・ナワリヌイ

ところで『善』と『悪』とはなんですか?

私が遠い星へ投げ飛ばされて、独りぼっちになり
そこへ善悪は存在するのか

着陸した星で自給自足をするのは、善なのか
孤独に耐えかねて自死するのは、悪なのか
誰にとって、善と悪があるのか
『誰にとって』

誰にとってで善悪が決定し
自分がどのポジションにいるかで変わる
善悪は空のように移ろいやすい

もし、わたしが親の仇撃ちをしたとき
わたしにとって殺人は善であり
仇撃ちされた相手や家族からは悪になる

行き過ぎた正義は悪にしかならず
正義の大義名分を得たわたしは悪に堕ちる

善はオセロのように悪の顔を持つ

悲しいかな、二元論が大好きな人もいて
『桃太郎』みたいに
どう考えてもただの犯罪者まで
「善い人」「悪いヤツ」に分類したがり
『ワンピース』ような海賊チンピラ集団を、正義
桃太郎なら鬼の財産をふんだくるヤツを、英雄
などと囃し立てている

『勝てば官軍負ければ賊軍』

上記の二元論したがるのは
思考を放棄するのに一番手っ取り早く
上辺だけで白黒を決めてしまい
自分を批判的に見れず、現実も見たくないから

本来なら善悪はなく
善悪はどこから見るかで決まり
どちら側も自分が善であると信じているもの

冒頭へ戻り
「悪が勝つのはひとえに 善が何もしないから」

このときの『善』を考えてみると
戦争の場合
国家が存続する方向性があるものが、善
滅びる方向に落ちるものが、悪…と仮定した場合

宗教を信仰する人々は善人だと言われるが
宗教へ敬虔な信者は
宗教戦争をしたのに、善悪が存在し
サリンを撒いた信者は、悪業を悪と疑わなかった

「善が何もしない」とは
自分だけでなく、家族や友人を含む他人や集団の
社会への持続性が深く関与し
自分達の未来、行く末を見ようとしない人達への
批判だと、わたしは思った