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「宮廷女官チャングムの誓い」を観てみたら意外と現代的な話だった

イ・ヨンエ。先にパク・チャヌク監督の「JSA」や復讐三部作の「親切なクムジャさん」で観て知っていましたが、韓流ドラマがむっちゃ盛り上がっていた時によくその名を聞いた「チャングム」は最近まで観たことがありませんでした。

チャヌクの2作を観る前に受動的に見聞きしていた情報(韓国国内での「お嫁さんにしたい女優第一位」とか、そのルックスを表して酸素のような、とか透明感がなんちゃらかんちゃらとか)がフィルターになって、旧来の、つまり多くの男性が夢みる「美人女優」的な立ち位置からあまり外れない感じの作品に出る人なのかな?というイメージがあったからかも。

「親切なクムジャさん」はそういうストーリー、キャラではありませんでしたが、ある意味上記のイメージを逆手にとった展開で、それはつまりそのイメージが強くある俳優、ということの証明でもあるわけですし。

とどめは帰省していたある日、母が今からテレビで観る番組を選んでいる時につぶやいた「チャングムはな~、めそめそ泣いてるばっかりやし、気が乗らんなあ」という言葉でした。うーん、やっぱりそんな話なんだ。

というわけで、チャングムについてはまったく観ることなく来ていました。ケーブルテレビとかでもちらほらやってはいたのですが。

ところが最近BSかなんかでやっていた再放送で、ものすごく終盤のほうを偶然ちらちら観るようになりまして。結局最終話まで観てしまいました。これから書く感想は、その「ほんとうに終わりのほう」を観ただけの立場から感じたものなので「もっと紆余曲折あるんだよ」とか「そんな話じゃねえよ」って思う方もいらっしゃるかもですが、いちおう「つまみ観」しただけの感想だということをあらかじめお断りしておきます。

僕が驚いたのは、イ・ヨンエ演じる主人公チャングムが、2人の男性(国王と旧知の武官ミン・ジョンホ)からの愛に揺れる展開をする物語の最終局面で、とても現代的な落としどころに落ち着いたことです。

医術者として非凡な才能を発揮するチャングムは、その能力により国王からの信頼を得るのですが、王の気持ちはやがて愛に傾いていきます。最初は自分専属の医者として彼女を登用しようとした国王ですが「女人がそんな役職に就くなど前例がない」とかなんとか横槍が入りました。

それならば異性としての愛情を抱いていることもあり、側室として迎えようと考え直すのですが、そうすると今度は医者としての腕を振るうことができなくなる、というルールが立ちはだかりました。

つまり「一人の女性としてのチャングム」か「スキルのある職業人としてのチャングム」か、どちらを選ぶのか、という「究極の選択」が国王の目の前にできてしまったのです。

この王様がまた「いい人」で、この選択について深く思い悩み葛藤するのですね。そんな彼の背中を押したのが、信頼する臣下でもあり、ある意味「恋のライヴァル」でもあるミン・ジョンホでした。

彼は王に「彼女は人生をかけて医の道をきわめてきました。彼女のような女性を愛するということは、彼女のやりたいことを思う存分やらせてあげる。その能力が羽ばたく過程を決して妨げない、ということではないでしょうか」(大意。セリフはこの通りではありません)と諭すのです。

つまり、旧来のルールや周りの声にとらわれず、チャングムを王専属の医官として取り立ててください、ということですね。納得した王は、ジョンホの助言を聞き入れ、母の言葉すらはねつけて彼女を専属医にしたのでした。

もう一つの驚きは、ジョンホの自己犠牲です。王に進言するという「無礼」をはたらいたかわり、自分は島流しにあってもいいと申し出ました。彼は愛する女性が、その能力をより活かせる役職に就くことができるための対価として、自分の未来を差し出したのです。

もちろん「偉い男たちが女性の人生を決める」とかいう展開はジェンダーあるあるだし、男性が女性のために自己犠牲っていうのも性役割を逆転させただけじゃんっていう批判は当然できます。また、女として/職業人として、という大ざっぱな選択肢もどうよ、ですよね。

それでも放送当時(2003~2004年)、ある分野に能力と意欲を持ちその道を極めたいと願う女性をほんとうに愛するということは、その人の人生の選択肢を妨げない、後押しするということなのではないか?と問うた作品はほとんどなかったはずです。彼女は彼女の人生の主人公であり、その人生の中を好きなように羽ばたいて欲しい。そういう愛のあり方です。

自分ごとになりますが、大学時代から付き合っている僕の彼女も「自分がやりたい仕事」を少女時代から目標として持っていて、今は見事その仕事に就いて何十年も頑張っています。もし究極の選択で仕事か僕かどちらかをとらなければならない局面が訪れたら、彼女はきっと仕事のほうを選ぶとも思っています。

僕は自分の人生を突き進むそんな彼女を愛しくかっこよく感じるし、愛しているのでできるだけ好きなように生きて欲しいと思っています。もちろん一人の女性としても好きですが、彼女の「女性として」の部分と「職業人として」の部分は分けて考えられません。だって、すべてコミコミで彼女という一人の人間なのですから。女性としても愛してるってナンセンスな表現ですよね。

とは言え僕にも「生きたい道」があるので、僕たちはできるだけお互いの人生を邪魔せず、時には助け合い、やりたいことに負担をかけないように暮らしています。それが僕たちの愛の形です。

チャングムは、いわゆる旧来の「女性性」全開で、男性の愛に恵まれながら生きていくストーリーなのかと思いきや、予想に反してもっと現代的な「女性に対する愛」を問うている作品でした。

また主人公は確かに母が言っていたようなめそめそしたところもあるけれど、仕事のほうではかなり頑固に自己主張するし、かなり己を貫いていて、未見段階のイメージが覆されました。観てよかったです。


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