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インターネットは記憶、AIは思考である

昨日、毎日更新を止めますと宣言したばかりではありますが、「今日も書かなきゃ」というプレッシャーがなくなると、不思議なものでなにか書きたくなってくるものなんですね。笑

ということで、今日書くのは、「インターネットは記憶であり、AIは思考である」ということです。

インターネットの出現によって、私たちはいろんなものを覚えなくてよくなりました。

日々雑多な情報に触れつつ、ひとつひとつの情報は覚えずに、何かあれば検索して調べるのが普通になりました。
地図はアプリで、翻訳もアプリで、漢字もスマホで調べるといったように、自分の記憶を外部化させてきました。

いろんな人の電話番号や誕生日を覚えている友人がいるのですが、昔はすごいなあと思っていましたが、今ではスマホに入れておけばいつでも誰でもそういった情報にアクセスできるようになっています。

最近は、レストランや読んだ本、観た映画などいろんな「記憶」をメモしていますが、いつでも見返せるので覚えておく必要がなく、気持ちが楽になった気がします。

そこにAIが登場しました。
AIは、私たちの「思考」を外部化させてくれます

例えば、データ分析について、かつては膨大なデータを一つひとつ読み解く必要がありました。人力では時間と労力を大量に消費し、ミスも避けられませんでしたが、AIの出現により、これらのデータを瞬時に解析し、有用な情報を提供することが可能になりました。

私たちはAIに「思考」を任せることができるのです。

AIアシスタントによるスケジュール管理、資料作成、原稿執筆、さらにはアイデアを生み出すことまで、私たちの「思考」を代行してくれます。

今は、「思考の外部化」に抵抗感のある人も多いと思うのですが、「記憶の外部化」と同じように、いつしか自然にAIに考えることをゆだねる生活が普通になってくるでしょう。

AIネイティブな世代は、どんな思考スタイルになるのか楽しみです。

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