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「天皇」について考えてみる(3) もしも天皇が国事行為を拒否したらどうなるの?

天皇の権能とは? 

 シリーズ第3回で、今回は法的な観点の話です。日本国憲法では、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」(第4条)とされており、政治についての権限はなく、いわゆる国事行為だけを行うこととされています。

天皇の国事行為

 天皇の行う国事行為は憲法第6条と第7条に決められており、例えば内閣総理大臣と最高裁判所長官の任命、法律の公布、国会の召集、衆議院の解散などがあります。

天皇は国事行為を勝手に行うことはできない

 これらの国事行為は、いずれも天皇が勝手に行うものではありません。例えば、内閣総理大臣は、国会がまず指名した人物を天皇が任命するだけであり、当たり前の話ですが、天皇が自分の意思で内閣総理大臣を選んでくるわけではありません。また天皇が思いつきで衆議院を解散したり、法律を自分で作って公布することもできません。

 これらの国事行為には内閣の助言と承認が必要とされるので、天皇が独断ではできないのは当然のことです。例えば天皇が国会の決議と無関係に「天皇として、A山B太郎を内閣総理大臣に任命する」と宣言したところで、そのA山B太郎氏が内閣総理大臣になることはありません。

天皇が国事行為を拒否したら?

 それでは逆に、天皇が国事行為を勝手に拒否したらどうなるのでしょうか。憲法関係の書籍ではそこまで突っ込んで書いているものは少なく、「天皇には拒否権はない」くらいしか記述がありません。

 いうまでもなく天皇には国事行為の拒否権はありませんが、拒否する権利がなくても、物理的に拒否するという可能性は(現実にそんなことが起こるかどうかは別として)一応想定することができます。

 この場合、一般的な説明としては、「法的効力には影響がない」などとされています。例えば天皇が内閣総理大臣の任命を行わなかったとしても、国会が指名した時点で内閣総理大臣は既に決まっていて、天皇の任命式がなくても内閣総理大臣として活動できる、と考えることができます。

法律の公布

 しかしすべてこの説明で足りるかどうかは別問題です。問題となる一つのわかりやすい例としては「法律の公布」があります。

 法律は国会で可決された時に成立しますが、その時点で直ちに効力が発生するわけではありません。例えば「スポーツ振興投票の実施等に関する法律」という法律では、「この法律は、公布の日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。」と定めています。

 これが何を意味するかというと、この法律は、①まず国会で成立して、②その後に公布が行われて、③その公布の日から6ヶ月以内の範囲で別途政令が定めた日から効力が発生する、ということです。

 そうなると、公布が行われないと(②の段階)、いつから効力が発生するのかわからないことになってしまいます。そしてその公布を行うのは、天皇なのです。(なお国会法第66条により、天皇に法律が「奏上」されてから30日以内に公布することとされています。)

天皇が法律の公布を拒否したら?

 仮に天皇が、国会の成立させた法律の公布を拒否したらどうなるのでしょうか?内閣総理大臣は国会が指名した時点で、天皇の任命がなくても既に内閣総理大臣の権限を持っていると言えるでしょう。しかし法律は、国会が成立させただけではなく、さきほど見たように、公布が行われてから初めて効力が発生するのです。その公布を天皇が行わなかったら?

 このような事態を憲法は想定していないというべきでしょう。「天皇には拒否権がない」としても、それは天皇が拒否したら違憲・違法になるということであって、現に物理的な意味で拒否してしまった場合の解決方法は別に考えなければなりません。

「摂政」で解決は可能だが・・・遅れは避けられない

 いつまでも天皇が公布を拒否し続けてどうにもならない場合は、おそらく「天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないとき」(皇室典範第16条2項)にあたるものとして、皇室会議を開催してその決議により摂政を定め、その摂政がその法律を改めて公布するということになるのでしょう。
 これによって法律が公布されてその後で法律の効力が発生しますが、実際問題として、一定期間の遅れが発生します。

 つまり日本国憲法のもとで、天皇は国政に関する権能はないこととされていますが、その気になれば、国会が法律を成立させたにもかかわらず、その法律の効力が発生するのを一定期間は遅らせることができてしまうのです。天皇は、法律を制定することはできませんが、国会が制定した法律の効力を多少遅らせることは可能だということになります。特に国会で成立した後、すぐに公布して効力を発生させたい法律の場合、政治的影響がでてきます。

根本的な解決

 このような事態を避けるためには(「天皇制廃止」はここでは別として)どうすれば良いかというと、憲法の条文で、例えば「理由を問わず、法律が成立した日から○○日以内に天皇が公布を行わない場合は、内閣総理大臣が公布する。」などという具合に明確にしておくことが望ましいことになります。
 一番すっきりするのは、天皇の国事行為すべてについて、天皇が行わなかったとしても法的効力には一切影響しないということを、憲法の条文で明確にしておくことでしょう。

よろしければお買い上げいただければ幸いです。面白く参考になる作品をこれからも発表していきたいと思います。