憲法27条「勤労の義務」は、もとは資本家の不労所得を牽制する趣旨だった件

憲法27条の「勤労の義務」

 憲法の27条1項には「勤労の義務」が定められています。

すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。

 この条文があるからといって、国が国民に直接的に労働を義務づけて強制労働させることができるわけではないので、一般には精神的な条項と解釈されています。

 但し日常会話のレベルでは、「俺は失業して仕事が見つからない。国民の勤労の義務を果たせてないんだ」とか「あいつは健康問題でろくに仕事ができない。勤労の義務を果たさない奴だ」とかいう具合に使われる例が見受けられます。

 そもそもこの「勤労の義務」は、どういう意図で日本国憲法に入れられたのでしょうか。

GHQの憲法案にはなかった「勤労の義務」

 日本国憲法が、敗戦後のGHQによる統治のもとで制定されたのは言うまでもないことです。
 但し以前の記事でも説明したとおり、GHQが日本側に新憲法の内容を与えて、それがそのまま右から左に受け入れられて現在の日本国憲法になったわけではありません。

  その意味で、いわゆる「押しつけ憲法」という言葉があるにしても、100%そのまま押しつけられたということではありませんでした。

 (参考記事)日本国憲法の中の「押しつけ」でない部分とは?

   日本国憲法は、 GHQの案を日本政府がある程度書き直して政府草案を作り、それを史上初の男女平等選挙で選出された帝国議会が審議して、さらに議論の末に修正を加えて成立させたものなのです。
 GHQの案そのままではなく、GHQの意向に反しない範囲では日本側がいろいろと修正することができたのでした。

 この日本側による修正や追加の例として、以前の記事では、17条(国家賠償)25条(生存権)について紹介したのですが、27条の勤労の義務も、この日本側による修正の産物なのです。

 もともとはGHQの案には「勤労の義務」存在せず、「勤労の権利」だけが存在していました。

社会党による「勤労の義務」追加の提案

 ここで「勤労の義務」を加えるように提案したのは、(旧)社会党でした。 

    どういうことかというと、社会主義的なニュアンスでの「働かざる者、食うべからず」という精神を反映させようと考えたのです。

 ここでいう「働かざる者」とは、失業者や病人という意味ではないことに注意して下さい。自らは労働しないで、他人の労働の成果による資産収入等で生活する資本家や大地主という意味合いです。

資本家や大地主の不労所得に対する牽制

 つまり憲法27条の「勤労の義務」とは、労働者中心の観点から、不労所得によって生活する資本家や大地主を牽制し、自らの労働によって生活すべきという精神を示す意図で、社会党により発案されたのでした。
 (単純化したイメージで言えば、「資本家」は、労働者を働かせてその収益から配当を得る存在であり、また「大地主」は、小作農を働かせてその収穫の相当部分を地代として上納させる立場です。)

 もちろん日本国憲法そのものは全体として見れば、財産権や営業の自由を保障していることから、資本主義経済を前提とする憲法であることは疑いありません。
 従って、資本家や地主が配当や地代で生活することを現実に禁止できるわけではありませんが、精神的な意味でこの条項を入れることが提案されたというわけです。

 このような発想の条文が、米国人が作ったGHQの原案に存在しなかったのは、ある意味当然のことです。

今は忘れられた「勤労の義務」の当初の趣旨

 社会党の最初の案では
「すべて健全なる国民は労働の義務と労働の権利を有する。」
とされていました。

 保守政党側(当時は「自民党」という政党はまだありませんでした)の議員たちも、国民が働くべきという精神的な条項を入れること自体は当然悪いこととは思わなかったので賛成し、若干の表現の変更を経て、結果として憲法27条に「勤労の義務」が追加されて現在の形になったのです。

  このような当初の経緯は、現在では一般には忘れられてしまったようです。

  日常会話でこの「勤労の義務」が持ち出される時には、当初考えられていたのとは正反対の意味に解釈されるようになって、失業者や低所得者や病人に対して「お前は勤労の義務を果たしていない」などといって追い詰める例さえ見られるようになったのは、皮肉なこととと言うほかありません。

(参考文献)
 宮沢俊義『憲法II』(有斐閣)
 宮沢俊義・芦部信喜補訂『全訂日本国憲法』(日本評論社)
 高瀬弘文『「あるべき国民」の再定義としての勤労の義務
―日本国憲法上の義務に関する歴史的試論―』(成蹊大学アジア太平洋研究センター)

  



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弁護士ほり

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