マザコンの現実逃避「回り道してもおかあさま」

こどもの頃のわたしの感情を、

しらないでしょう かあさまは。

いつも回り道をして 学校から帰っていくの 

その感情は、回り道をした思い出を、

かあさまに話したいから。 


孤独なわたしのランドセルをみてくれるのは

かあさまでした。

いつも玄関先でやさしく手を振る

かあさまでした。 

学校から帰ってきたとき、 

台所にたつ後ろ姿をいつも最初にみるのは

わたしでした。 

エプロンをつけたまま、あなたは私と

いっしょにおやつを食べましたね。 

おうちのテーブルは、いつでもかあさまと

わたしの楽しい会話を待っていました。

家の中のカーテンが、わたしたちの

親子の愛をうらやましそうにみていました。

その木漏れ日のような日々を振りかえり

ますと あることに気がつきました。

回り道をしても 何をしても 

どこへいっても 

わたしはかあさまの近くにいるという

ことが わたしの全てだったのです。


前世でわたしが回り道をしても 

かならず現世であなたに出会うのですから、

小学生のわたしが学校の帰りに回り道を

してからあなたの懐に飛びこむまで、

あっというまだったんです。

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