風鈴の現実逃避

君は知っているかい?
風鈴のむなしさを。。

この男のアパートに連れてこられたのは、
かれこれ8年前だ。
ぼくは夏の風物詩としての役目を果たすために生まれてきたのだが、この男のアパートのベランダに配属されて8年も経ってしまった。

なにがむなしいかって?
春夏秋冬、つまり一年中ぼくは
この男のアパートのベランダに吊るされたまま鳴り続けているのだ。
秋の最初はまだいい。夏の名残惜しさから聞こえてくる感じは嫌いではなかろう。
でも冬は、、
冬だけは勘弁してくれたまえ!
木枯らしの強風でひたすら鳴り響く季節外れの風鈴の音など誰が聞きたいのか。
ぼくだって、凍えてしまうんだ。
気分はまるであのクラシック音楽「木枯らしのエチュード」さ。
その上、石焼きイモのおっさんの声でかき消される始末だ。

だが仕方がない。
ぼくは365にちこの男のベランダで役目を果たすべく生まれてきたのだと、諦めるしかない。捨てられるまでは。もしくは男が引っ越すまでは。

ぼくは来年の夏も、何食わぬ顔で、今年も夏がやってきたよ!といわんばかりに涼しい音を届けるのだろう。
唯一の友達、セミからはいつもこういわれるけどね。
「夏の間しか役目を果たせず朽ち果てる命と比べれば贅沢だよ」


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