星と灰皿

歌人の江戸雪と染野太朗によるエッセイなど。

星と灰皿

歌人の江戸雪と染野太朗によるエッセイなど。

最近の記事

恋のうたのころ/江戸雪

夕方の5時頃、喉が渇いて2階のリビングでお湯を沸かしていると、3階のルーフバルコニーで物音がする。そういえば少し前から頻りに鴉が鳴いていることに気づき、嫌な予感が胸をよぎる。急いで階上にあがり磨りガラスのサッシをそうっと開けると、やはり鴉がいた。そばにはボロボロになった箒と、散乱している黒シダ…。そのシダは先ほどまで箒の柄に結えられていたものだ。ああ、そうだった!昨年も同じことを(たぶん)同じ鴉にされたのを思い出すが、あとのまつりだ。 鴉は春先から巣作りを始め夏前に卵を産む

    • 川の流れのように/江戸雪

        毎日のように車の運転をする。買い物、家族の送迎、施設にいる母との面会、たまには当て所もなくドライブもする。つい先日は、家族が忘れたパスポートを届けに関西空港までぶっ飛ばした。 街なかを走っていると月に何度か、多いときで週に一度くらい、サイレンを鳴らして走る救急車や消防車に遭遇する。パトカーのときは、まさか自分が鳴らされてはいまいかとどぎまぎするのだが、今のところパトカーの目標車になったことはない。  サイレンが聞こえると辺りの車は道路の路肩に停止して道をゆずるという決

      • マイルドセブン/染野太朗

        バンドの練習が終わって、メンバーが二人スタジオの喫煙室にいるのを見つけたとき、腹の底から怒りが湧いた。久しぶりの突き上げるような怒りだった。その場を離れ、深呼吸をし、水を飲んだ。少し冷静になり、会計しよう、と喫煙室の外から声をかけた。声に苛立ちが含まれていたかもしれない。苛立ちが伝わっていたらどうしよう、とそのあとしばらく不安だった。そのような類いの不安を感じるのも久しぶりだった。すぐに会計をするとわかっているはずなのになぜ自分を待たせるんだ、と思った。けれども、そんなことは

        • じゃんけんに負けたい/江戸雪

          先日、とあるグループで新年会をした。出席者の大方は60代から90代といった人生の先輩にあたる方たちで、10名ほどの会だった。乾杯ののち前菜が出て魚料理もおいしくいただき次の肉料理を待っていたら、グループの一人が宴を盛り上げようと「ゲームを始めます」と立ち上がった。 始まったのは〈じゃんけん負けましょうゲーム〉。前に居るその人が出したグー・チョキ・パーに負けるように瞬時に判断して手を出さねばならない。つまり、グーをだされたらチョキ、パーを出されたらグーをといった具合に。なんだ

        恋のうたのころ/江戸雪

          雨燦々/染野太朗

          バンドや歌手、ライブハウスや楽器店を中心にフォローしているSNSのアカウントが僕にはひとつある。フォローしているなかには、定期的に自作曲や楽器の演奏動画をアップしている個人のアカウントもある。 あるときそこにドラムの演奏動画が流れてきた。たしか1分程度の動画だった。やたらと巧いドラムだった。手数の多さとそのコントロールの正確さに驚いたが、ただ、そういった洗練された印象の裏に、妙に荒っぽいところや不遜さのようなものがあった。プレイヤーの人間性でなくプレイそのものについて不遜な

          雨燦々/染野太朗

          ウィンディ/江戸雪

          もういい加減に聞き飽きたひとも多いかとおもうけれど、今年ももう終わろうとしていることだから、最後にもう一度言っておく。2023年は日本のプロ野球(NPB)において阪神タイガースが38年ぶりに日本一になった。 あの、そう、あの、アノ(アレではない)、負け続けていた阪神タイガースが、である。 野球を見るのは好きだし、阪神以外にも好きな球団はある。ただ、ごく自然に阪神百貨店のポイントカードは虎のマークのついたものを持っているし、黄色と黒のツートンカラーには気持ちがひきしまる。ペナ

          ウィンディ/江戸雪

          くうねるふとる/染野太朗

          このnoteの初回には、今大阪で組んでいるバンドについて書こうと思っていた。でも実際に書きはじめたら、自分が中学のときに初めて組んだバンドの話になってしまった。でも、これを書かなければバンドの話であれバンドとはかかわりのない話であれなにも始まらないのだ、という気分が今の僕にはある。 バンドを組んだのは中3の2学期だった。都内の私立中高一貫校に通っていた。1992年10月1日が結成記念日だ。ベースのオオノによれば、僕が「バンドやろうよ」としつこく周囲に声をかけたことが発端らし

          くうねるふとる/染野太朗