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【完結】「私の死体を探してください。」   第1話

【あらすじ】

 ベストセラー作家、森林麻美は「私の死体を探してください」という自殺をほのめかすブログを更新した。夫の三島正隆は別荘でその話を麻美の担当編集者の池上から聞く。新作の原稿と、人気シリーズの完結までのプロットがどこにあるのか突き止めたい池上だったが、実は正隆と不倫関係にあった。
 麻美の行方が分からず混乱する二人だったが、池上のスマホのアラートが鳴り、二人はますます混乱する。死んだという麻美のブログが更新された通知だったのだ。

 死んだ妻のブログの更新が止まらない。


────森林麻美のオフィシャルブログ
            脳内ストリップ──────

 こんなことは信じられないと言われてしまうかもしれませんが、私にとってこの世における最大の謎は、ギザの大ピラミッドやバビロンの空中庭園のように人々が口々に「謎だ」と言うようなものではありません。

 私にとっての最大の謎は人の「感情」なのです。いつも、捕らえることのできるはずのない、空気をつかむような心地で人の感情を想像します。それは他者のものだけではありません。私はときおり自分自身の感情にさえ、名前の付け方が分からなくなります。

もしかしたら、幼少時代に自分の感情のスイッチを切らざるを得ない日常を過ごしてきたせいかもしれません。私は実父から酷い虐待を受けていたようなのです。自分に起きていたことのはずなのに定かでないのは、酷い虐待の記憶が私には残っていないからです。ですから感情のスイッチを本当に切っていたかどうかも分かりません。自分のこと、自分の感情であるはずなのに今の自分にたどり着いた原因であるはずなのに、想像でしか言えないのです。
 養護施設の職員にも、学校の教師にも、表情の薄い子だと言われたものです。
 分からないが故に気になってしまうのが人間の感情でした。子ども時代の私が読書にのめり込んでいったのは、たとえつくりごとであったとしても、確かに人間の感情とその動きが描かれていると思ったからです。

 そして、自分で人の感情を描くようになって、自分のうちにあるさまざまな感情のことも気づけるようになっていったのだと思います。

 私は自分が得てきた自分の感情を、とても大切にしてきました。得がたいものもあれば、あっさりとこぼれ落ちるようになくしてしまうものもありました。

 今持っている感情をなくしてしまうかもしれないことは、私にとっては恐怖なのです。

 一年前、悪性の脳腫瘍が見つかったとき、命を失う可能性よりも自分の脳が病気で変わってしまうこと、自分の感情の抱き方が変わってしまうかもしれないことの方が私にとっては重要でした。

 そして、病気の進行は来るところまで来ました。きっと私の決断を非難される方は沢山いらっしゃると思いますが、私は自分の今抱いている感情が確実なうちにみずから死を選ぼうと思います。

 短い人生かもしれませんが、大学在学中に小説家としてデビューしてから今まで、作品を発表し続けることができたのは幸運だったと思います。

 ついさきほど、遺作になる作品の原稿を書き上げました。そして、続刊を待っていただいているサイコガールシリーズに関しましては、すべてのプロットを信頼する編集者に託す予定です。これで、少なくとも私の作品の未完のせいで悲しむ読者がいなくなるはずです。

 今まで私の作品を読んでくださった全ての方にただただ感謝しかありません。

 そして、私から読者のみなさまに最後の謎をお贈りしようと思います。

 私の死体を探してください。

 不謹慎だと非難されたり、脳腫瘍のせいで、森林麻美は狂ってしまったんだと思われたりするかもしれませんが私は本気です。

 私の死体を探してください。

 ミステリー作家の私から、みなさんに捧げる最後のミステリーです。

 私の死体を探してください。

令和5年 7月30日
                                   森林 麻美


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