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そうして、僕たちはセフレになった。

先日、ひとりの女の子とお別れをしてきた。もう彼女と会うことはないだろう。そう思ったらnoteを書かずにはいられなかった。





初めて会った夜のことは、思い出すたびに笑えるし、なんだか昨日とか一昨日くらいのことみたいに感じる。時の流れって早いな。




最初の夜は渋谷で待ち合わせた。すでに彼女は会社の後輩と何杯か飲んだあとらしく、目がとろんとしていた。黒髪のショートカットが似合う、歩くのと喋るのが遅い、かわいらしい女の子だった。

居酒屋で彼女の仕事を聞いた。雑誌を作る仕事をしていた。僕も自分の仕事の話をする。彼女は僕みたいな、替えのきかない仕事をしている人を尊敬する、と言った。


「飲み過ぎじゃない?」

「わたし、お酒強いんです」


梅酒を何杯もおかわりする彼女。

Tinderの話になる。


僕と会う前に何人かと会ったらしい。そして、小説や映画の話で盛り上がったひとりの男性と、ホテルまで行ったという。


僕は正直に、たくさん会ってるし、セフレも何人かいることを話した。

言い忘れていた。

彼女はマスクを取ると、さらに可愛かった。

居酒屋を出ると、彼女があまりにふらふらしていたし、また会いたいなとも思ったので、


「家の最寄り駅まで送る?」


と聞いた。


「えぇ、酔ってません。。」

「酔ってるじゃん」

「酔ってないですよぉ」






ホテルに入って、すぐ彼女は吐いた。




おい…。


別にいいけどさ。




吐いてしまったことを、彼女は何度も何度も謝ってきた。それから気持ち悪いと言って、ベッドにうずくまり、いびきをかいて寝始めた。


僕も寝た。


起きて、お互い服を脱いで軽く愛撫し合ってたら、終電の時間が来てしまった。




僕は彼女を最寄り駅まで、一緒に電車に乗って送ってあげた。


「ほんと優しいですね」

「まだ顔色悪いから心配だし」


電車の中で、ひとつ彼女は言い訳をした。


「会う前に後輩と何杯か飲んだのがいけなかったんです。細貝さん写真タイプだったので、シラフじゃ会えないと思って、だから、吐いたのは細貝さんのせいです」


とんだ責任転嫁である。けど、そんなふうに言ってくれて嬉しかった。








家の最寄り駅まで送ってくれるようなTinder男子が初めてだったからじゃない。僕と彼女は、好きなものとか、小説とか映画とか、そのへんの趣味や感覚がすごく合った。だから、後日彼女のほうからまた会いたいと連絡をくれた。


家の近くまで来てもらって、居酒屋でほろ酔いにさせてから部屋に連れ込んで、ベッドに押し倒した。


やっぱり好きな体をしていた。


小説や映画の趣味が合うように、あっちの相性も良かった。

そうして、僕たちはセフレになった。




何度も会った。

部屋で映画を観ながらしたこともある。めっちゃ気持ちよかったな、あれ。






「え!?」


安くてうまい居酒屋で、僕は耳を疑う。


「地元に帰んの!?」

「うん」

「どこだっけ」

「大分」

「おおいた…」


彼女は東京での生活や仕事が身体に合わない、とずっと悩んでいた。親からも地元に戻ってきてほしい、と言われていて、決断したらしい。

しかも、驚いたのは、決断したのが僕と出会う前だというのだ。

彼女は最後の東京の思い出として、思いきり遊ぼうと思い、Tinderに登録したのだった。


僕は酔っ払っていたせいもあって、その場で少し泣きそうになる。


「Tinderではっちゃけるつもりが、細貝さんのせいで台無しです」

「え?」

「軽いつもりで会ったのに、どんどん沼っていって、すごく辛かったんです」


まったく知らなかった。

彼女は割り切って、会ってくれてるんだとばかり思っていた。

ほとんどLINEを返さない僕のことを、まわりの友達とかに相談していたらしい。Tinderで出会った男に本気になるな、と友達には言われたが、それでも好きだから会い続けた。


「細貝さんは、ただのセフレとしか思ってなかったと思うけど、わたしはちゃんと好きでした。お酒の力を借りて、今日で会うのも最後にしようと思って、本音で話したかったんです」

「そうだったんだ、ぜんぜんそんなそぶり見せなかったから」

「見せないようにしてたんです!めんどいって思われたくなくて」





帰り道、青い夜空に桜が咲いていた。

見上げながら、僕はちゃんとその子に「好き」という気持ちを伝えた。

それは彼女の将来を背負う覚悟があったり、ほかの子と遊ばない覚悟があったり、そういう「好き」じゃない。

けど、僕は彼女のことが「好き」だった。

彼女とは言葉の感覚が近かった。


もうその感覚を共有できなくなると思うと悲しくて、明日仕事で朝が早いという彼女を部屋に泊まらせて、何度も身体を重ねた。


ゴムを付けずに挿れたら、ばか、と軽く叩かれた。

彼女が使って適当に置いたコンタクトの保存液と容器が男性器みたいでふたりでけらけら笑った。明日も明後日もまた会えるような気がした。



あんなに遊んだ女の子が、もう東京にいないんだな。そう思ったら気が抜ける。

あの最後の居酒屋で「帰んないで」と言ったら、彼女はどんな反応をしたんだろう。





わがままだけど、地元に帰っても、まだしばらくは僕のことを思い出してほしい。そして、僕が忘れたころに幸せになってほしい、わがままだけど、あと、ありがとう。

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