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卒業式のBGMを担当した話

今回は中学校の卒業式でBGMを務め上げた際のことを記していきたいと思う。

BGM担当になるまで

時は中3の3学期。
僕の学校では普段ならば11月にやるはずの合唱コンクールが3月に延期された。

※2020年度は某ウイルスの影響でいくつかの行事が中止、延期になっていた。実に残念だった...
事態の急変

事態の急変

しかーし2021年2月の後半(だったかな??)。
某ウイルスがさらに猛威をふるい始めてしまう。

このことから分かるのは、、、そう。
「合唱コンクール禁止!!!」を意味していた。

元々もしやるとしたら学年ごとの小規模でやるといったことが事前に伝えられていた。しかしそれももれなく中止になってしまう。
このとき僕は実行委員で課題曲伴奏者であった。

※3年生での課題曲は群青。(YOASOBIじゃないよ)

↑もう懐かしさを感じているほとけです。

…………………………………………………………
さあここで問題になったのが、
「伴奏者がせっかく練習したのになんも出来ない」ことについてである。

しかしながら先生の粋な計らいで1度だけ合唱を体育館でさせてもらえることの許可が出た。
(他クラスは見ることは不可)
これで一応課題曲と自由曲の合唱という形はクラスとしては行うことができた。よかったよかった。

さあ卒業式へ(ついに指令が...)

最後のコンクールは出来なかったけどまあこれで卒業か...と思っていた矢先に驚くべきことを耳にする。それは、、、

「代表生徒のスピーチの間に後ろで群青の伴奏を弾け」

このようなミッションが伴奏者(僕含め2人)に課された。
最初はそんなん余裕だろと高を括っていた僕だが練習にて中々苦労することとなる。

まず1クラスはピアノを弾く人がいない状況で、つまりは僕がそのクラスも担当し、3人もの代表生徒のスピーチのBGM担当をすることが決まった。

今までBGMなんてやったことがなかった僕は練習でも緊張してしまいミスタッチが多くなってしまう。スピーチ担当の人ホントにすまなかった...

一番難しかったのは話が終わるタイミングで演奏も終わらせることだった。自分がどこを弾いていても強制終了をしなければならないのだ。

ただし、ブチッと止めるのではいけない。やはり終わりましたという感じを出さないといけないのだ。
しかしそれは本番でもうまくいったとは自分としては言えなかった、、、。残念!!!

卒業式当日

迎えた本番。
朝からこの後の式にすごく緊張していたことははっきりと覚えている。

卒業証書授与の場面ではBGMで微かに群青の合唱が流れていて周りがしんみりとした雰囲気になってきた。僕はそんな気分ではなかったが。

そうこうしているうちに代表生徒のスピーチも進み、僕がBGMでピアノを弾く番がやってきた。
もうガチガチである。さあどうなるほとけ...!


結果としては、、無事に大きなミスはなく終わらせることもできた。でもやっぱり最後は微妙だったのかも。ふと生徒の方を見てみると泣いている人もいる。
やはり込み上げてくるものがあったに違いない。

え、僕?僕は涙なんてのは全く出なかった。
一応言っておくがこれは僕に感情がないことを意味するのではない。

理由としてはそもそも集中しすぎてスピーチなんてものは耳に入っていないことが挙げられる。
まともに聞いていたら手元が狂ってしまうもの!

ただ一つそこにあったのは弾き終えた達成感のみだった。絶対卒業式に感じるものじゃねぇ...

まとめ

卒業式としては異例なことをして正直卒業をした実感が湧いてきたのは2、3日後だった。

しかしBGMというある程度の緻密さが求められる仕事を与えられてある意味僕は貴重な経験ができたと思っている。これ以上味わえないぐらいの緊張感も経験できた。

この経験は後の人生にも活きてくるといいなーなんて思っている。

ちょっと小話

このとき弾いた「群青」の伴奏だが何故か楽譜が家に存在せず今では僕はもう最初の前奏しか弾けなくなっている。
もしかしたら中学校に楽譜を忘れてきているかもしれないが本当のところは分からない。

2022年現在、卒業式から1年経ったが「本当にあの時僕が弾いていたのか?」という感情が自分には残っている。

楽譜が見つかったら練習してまた弾けるようになりたいなあ。


今回はここまで!!!











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