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モオばぁちゃんのオムライス

オムライスと聞くとどんなものを思い浮かべるだろうか?ドラマの「ランチの女王」に出てきたような卵の皮が薄くて、スプーンで掬うとトマト色のチキンライスが顔を出し、口に運ぶと思わず鼻の穴が膨らんでしまうようなオムライス?

それとも、ディズニー映画「美女と野獣」のプリンセスのベルがまとった黄色いドレスのような半熟卵の上に、これでもかと言わんばかりに上品な艶のあるデミグラスソースがかかった老舗の洋食屋で食べられるようなオムライス?

いや、どのオムライスもとても美味しいけれど、僕にとってはオムライスのようでオムライスでは無い、モオばあちゃんが作った特製オムライスが一番だ。

小学生になって初めての夏、モオじいちゃんとモオばあちゃんの家に泊まりに行った。母方の祖父母。ダンプカー(トラック?)がよく行き来するような、栃木県の田舎町で農業と食用牛を育てながら生計を立てていた。
なのでいつの間にか、モオぉ~となく牛を飼っているじいちゃんとばぁちゃんで、モオじいちゃんとモオばあちゃんと小さい僕は呼んでいた。
今までに何回も連れてこられていたが、両親無しで泊まりに来たのは今回が初めてだった。楽しさといつもの顔ぶれが無いことに若干不安もあった。幼稚園の時に行ったお泊まり保育でおねしょもしなかったんだし、絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせていた。

その日のお昼前、祖母が僕の名前を呼ぶのが聞こえた。
「あっくん、ちょっと来て~。」
「はぁーい。」
僕は虫取網とセミが入った虫籠を庭に置いて声のする方に駆けて行った。
祖母が台所から呼んでいた。
「ごめんねぇ~、あっくん。」
「なぁに~?モオばあちゃん。」
「たいしたことじゃないんだけど、お昼ご飯に何食べたい?」
祖母がニコニコしながら聞いてきた。
丁度その頃、実家近くの定食屋からケチャップの効いたオムライスを出前で届けてもらって食べるのが好きだった。
「オムライスが食べたい!」
幼くて単純な僕はすぐに答えた。
一瞬、祖母がとまって見えた。
でも、すぐに笑顔を取り戻して
「わかった。待っててね。」
とやさしく言って祖母は料理を始めた。

15分から20分位だろうか。掘り炬燵に入ってテレビを見ながらオムライスが出来上がるのを今か今かと待ちわびていた。(ちなみにこの家は夏でも掘り炬燵の電源を入れずに使う習慣があった。普通の炬燵と違い、椅子に座る感覚で足がとても楽なのだ。まぁ、組み立てたり分解したりするのが面倒なのもあったかもしれない。)
祖母が部屋に入ってきた。
「お待たせ、あっくん。」
目の前に皿とスプーンが置かれた。
「さぁ、召し上がれ。」
僕は一瞬、目を疑った。
祖母が黄色いキレイな卵の上に、茶色いソースをかけ始めたからだ。
祖母は相変わらずニコニコしている。
「あっ・・・。」
「さぁ、冷めないうちに食べてね!」
言われるがままに僕は恐る恐るスプーンで薄皮の卵を破り、中に詰まっているご飯を掬い上げた。
「トッ、トマト色じゃない・・・。」
しかも中から緑色の野菜と塩コショウで炒めたようなご飯が顔を覗かせた。
内心は祖母に「オムライスじゃないよ~。」と思いながらも、子供ながらそこはあえて言葉にせず、僕はいただきますを言って、そのオムライスのようでオムライスじゃないものを勢いよく口に入れた。


「モグモグ・・・。」


「おっ、美味しい!!!」


思わず声をあげた。
そう、美味しかったのだ。


下味がしっかりと付いたパラパラのご飯の中に野菜の甘みを感じて、なぜかそれがソースと薄焼き卵と合わさることでとても美味しかった。
祖母は相変わらずニコニコしながら僕を見ている。
僕もその顔を見ているとなんだか嬉しくなってご飯がより何倍も美味しく感じられた。

その日の夜は祖父が軽トラックを運転して、近くの雑木林までカブトムシやクワガタムシを取りに連れていってくれた。もちろん祖母も一緒だ。二人とも孫の遊びに全力で付き合ってくれた。楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。

あれから28年、すっかり僕は目玉焼きにはソース派になってしまった。ちなみにオムライスには何をかけても美味しく食べられる自信がある。
後から母に聞いた話だか、モオばあちゃんの特製オムライスの中に入っていた野菜はニラだったようだ。どおりで卵との相性が抜群なわけだ。母はその味が少し苦手と言っていたが。

愛子ちゃんと呼ばれて、化粧もしなくなって、なんにも覚えて無いかもしれないけど、ニラ玉を見ると僕は決まって思い出す。今でも大好きなあの味を。



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