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宮本茂の無駄遣い

みなさんご存じかどうかわかりませんが宮本茂さんという方がいて……「知ってるわ!」ってツッコミが方々から聞こえてくるような気がしますが、もちろんその宮本茂さんはマリオシリーズの生みの親で、任天堂のなんとかフェローって地位のわかりにくい名前の偉い人の、あの宮本茂さんです。

タイトル絵をマリオにしながらなに言っとんじゃ~って話なんですけど。スーパーファミコン版のスーパーマリオ、1と3で配色が違うことに今ごろ気付きました。

左が『1』のマリオで、右が『3』。

ところで今回の記事は「宮本さんのゲームすばらしい!」などと礼賛するものではありません。だからって逆に「宮本さんのゲーム、言うほど良いか?」なんて腐すわけでもありません。

宮本さんを認識している人、特にゲームクリエイター志望者にはよく知られていますが、宮本さんの言葉のなかに「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するもの」という名言があります。今回は、その話題です。

「アイデアというのは
複数の問題を一気に解決するもの」

この名言は任天堂社内における宮本さんの発言らしいのですが、16年前に『ほぼ日刊イトイ新聞』の対談記事がこの言葉について掘り下げています。

ご存じでない方は『ほぼ日』の記事を読むことをオススメしますが、端的にまとめれば「場当たり的に目先の問題だけを片付けてもだめよ」「良いアイディアというのは問題の根幹を正すことでより広範に影響を及ぼすものなの」という感じです。そんな口調じゃないけど。

対談のなかで当時の任天堂社長・岩田聡さんが次のようなわかりやすい例を挙げています。

ある料理店で、お客さんが出てきた料理について「多い」と言ってる。
そのときに、「多い」と言ってる人は、なぜ「多い」と言ってるのか。
その根っこにあるものは、じつは「多い」ことが問題じゃなくて、「まずい」ことが問題だったりするんです。

アイデアというのはなにか?(ほぼ日刊イトイ新聞)

ぼくはこの、宮本さんの「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するもの」という言葉は、あらゆることわざや金言・格言に勝る「至言のなかの至言」だと思っています。そして、この言葉を知って以来、目先のひとつの問題しか解決しない行動は取らないように心がけてきました。

考えてみてください。

この社会にはたくさんの問題がありますが、それを解決する役割を担っている人たちは目先の問題以外に目を向けているかを。職場の上司はどうか、政治家や官僚たちはどうか、TVなどのメディアに出ている"知識人"たちはどうか、と。反射的に、いいかげんなことを言ったりやったりする人があまりにも多くないでしょうか?

彼らがこの「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するもの」という言葉を知って、せめて自身の言動に「ためらい」くらい持ってくれれば、世の中がどれだけ変わることか。

ただ実際のところ、いくらこの言葉を胸に刻んで生きたところで凡人であるぼくらにはそんなに良いアイディアは浮かびません。でも、最初に思いついたアイディアが「どこまで波及するか」を考えるためにちょっと立ち止まり、その多くが「大したものではないかもしれない」と気付けるだけで、ただ最初に思いついただけの偽のアイディアを行使してしまわずに済みます。これだけでも充分なんです。

この言葉を知って以来、ぼくはこの言葉を日常生活や仕事に活かし、またドラマや映画、アニメなどフィクションを観ているときに物語の展開にも当てはめて考えるようにしてきました。

でも、ちょっとした副作用のようなものがあるんです。

例えば「自己犠牲の美しさ」なんて微塵も感じられなくなるんです。自分も含めて、皆が助かる道はないのか? 浅はかなのでは? と。

そういう意味ではアニメはとてもわかりやすい分野です。『エヴァンゲリオン』以降、謎と複雑さを抱えた作品が好まれて作られるようになりました。でも、その多くの「雨後のタケノコ」の物語は、まさに岩田社長の例にあるように「不味い料理の量を減らした」結果、雪崩が起きて"予想外の展開"が露見し、やがて誰かの"犠牲"に涙する、真のアイディアなき「諦めの物語」でした。時を同じくしてストーリー重視の傾向が進んだRPGなどのゲームの物語も同様です。

でも、任天堂はその種のストーリーの作品を作りません。これは、あえて作らないのではなく「作れない」のではないかと思うのです。宮本さんの言葉が、カルチャーとして社内に染みついてしまっているために。

月並みな言い方をすれば、もし宮本さんが政治家や総理大臣、あるいはぼくやみなさんの上司だったりすれば、どんなに良いことか。もちろんどんなに優秀な人だとしても、異分野に飛び込んで理想通りに活躍できるかというと、そう甘くはありません。特に政界は、"深い闇"そのもので――

おおっと! あやうく「諦めの物語」に引き込まるところでしたね。

べつに、実際に宮本さんが政治家や総理大臣にならなくてもいいんです。

政治家というのは国民の"程度"を現したもの。しょーもない政治家が幅をきかせて世の中を悪くしているのは、国民のなかにある「しょーもなさ」の現れです。でも逆に言えば、日本や世界でこの言葉が広まって皆が本当の「アイディア」を意識するようになれば、不味い料理の量を減らすだけの政治家が落選し、アイディアなき上司は出世できず、ぼくらの周りの社会はずっと良くなるはず。世界から「諦めの物語」をなくしていけるかもしれないのです。

「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するもの」

この言葉は、この言葉を胸に刻んで生きる自分一人の人生だけを好転させるのではなく、きっと複数の人の人生をいっぺんに良くしてくれるものだと思います。

先の例で言えば、もしも身近に「おいしくない料理」を作ってしまったことに悩む人がいたときは、美味しい料理の作り方をアドバイスするのではなく、いっしょに美味しい料理を食べに行く。そして料理が出てくるのを待つ間に雑談すればいいんです「宮本茂さんという方が言った名言があってね……」と。

(おしまい)

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