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#読書『日本の反知性主義』(内田樹編)

難しい本『日本の反知性主義』を読みました。

本書は神戸女学院大学名誉教授で思想家かつ武道家でもありフランス文学者という肩書いろいろな内田樹氏が編者となり、内田樹氏本人と9人(赤坂真理氏、小田嶋隆氏、白井聡氏、想田和弘氏、髙橋源一郎氏、仲野徹氏、名越康文氏、平川克美氏、鷲田清一氏)による「反知性主義」に関する寄稿をまとめたものです。刊行は2015年。書名は『アメリカの反知性主義』(リチャード・ホーフスタッター著)から借りたとのこと。

難しいのは、この「反知性主義」という言葉。

ま、ありていに言って悪口ですからね。しかも「オレは反知性で行くぜ~!」と能動的な"主義"として邁進するひとはいませんから「主義」と呼ぶことにも少し違和感を覚えます。

ただ、「反知性主義」という日本語はあくまで翻訳によるもので、元は英語のは"Anti-intellectualism"。この語に限らず、英語の「イズム」は日本語の「主義」とはニュアンスに違いがあり、イズムは主義ほど能動的な様を表さないようです。「辞書的な意味では」ですけどね。

というわけで「反知性主義」について悪口主体の展開になったら嫌だなと懸念しつつ本書を読み進めたわけですが、内田樹氏を含む10人の著者は概ね、言葉の意味を考え、どう扱うか悩み、さまざまな分野で活躍する著者それぞれの視点で語っており、ひと安心という感じでした。あるいは「みなさん、依頼を受けて、ちょっと困っている」とも言えます。でも、その困惑というか迷いのようなものが、知性の源泉にあるのかもしれません。

ただし、カバー袖の紹介文には「あきらかに国民主権を蝕み、平和国家を危機に導く政策が、どうして支持されるのか? その底にあるのは、"反知性主義"の跋扈!」と書かれているので、出版社側の意図するところとはズレがあるのではないかとも思えます。

まあ2015年という"日本の一番微妙な年"に刊行された本なので当時の政治的問題は普通に話題にのぼるのですが、全般に政治的な話が主体ではなかったように思えます。10もの寄稿があると興味を持つものや印象に残るものは読み手それぞれになりますし、ぼく自身が大して政治に興味がないのでスルーしてしまっているのかもしれませんけどね。ぼくとしては、人の内面や社会的判断が行われる(間違う)経緯について書かれた本として読み、大いに参考になりました。

反知性主義者たちの肖像

なお本書冒頭に収録されている、内田樹氏による『反知性主義者の肖像』は、ご本人のブログに全文掲載されています。

ちょっと長いのと、「なんのこと?」という話題がチラホラ出てくるので、みんな読め読めと勧めるのは難しいのですが、反知性主義について重要な分析に基づく見立てが書かれており、自分が反知性主義に囚われないためのお守りとして役立ちます。実は本書を読む以前からブックマークしてあり、たまに読み返すようにしています。

読むことを勧めていないので引用しますが、ここに書かれている人物像を「これ、私の上司(や同僚)のことでは?」と思う人は少なくないと思います。特に、

その人が活発にご本人の"知力"を発動しているせいで、彼の所属する集団全体の知的パフォーマンスが下がってしまうという場合、私はそういう人を"反知性的"とみなすことにしている。

この一文にある状況に、既視感を覚える人は少なくないでしょう。

内田樹氏はまた、反知性主義を決定づけるものとして"無時間性"を挙げ、次のように記します。

 反知性主義者たちにおいては時間が流れない。それは言い換えると、「いま、ここ、私」しかないということである。反知性主義者たちが例外なく過剰に論争的であるのは、「いま、ここ、目の前にいる相手」を知識や情報や推論の鮮やかさによって"威圧すること"に彼らが熱中しているからである。彼らはそれにしか興味がない。
 だから、彼らは少し時間をかけて調べれば簡単にばれる嘘をつき、根拠に乏しいデータや一義的な解釈になじまない事例を自説のために駆使することを厭わない。これは自分の仕事を他者との"協働"の一部であると考える人は決してすることのないふるまいである。

これも概ね同意! なのですが、ただ「彼らはそれにしか興味がない」という部分は、少し違うかなと感じました。前述したとおり能動的に反知性主義に邁進する人はいない、と思う立場から考えれば「反知性主義者」と呼ばれてしまう人たちにも被害者としての側面があるのではないでしょうか。なにかに失敗して責められれば、その場しのぎの言い訳をしてしまうことは、ぼくにも、きっと誰にでもあります。

普段、"無時間性"という概念を意識することはありませんが、あらためて考えてみれば、「スピード感が大事」とか「過程よりも結果が大事」といった言葉が無時間性、反知性主義への誘いになっていることに気付かされます。総じて考えると、雑な仕事や、運によって救われたことをごまかすときに便利なこれらのスローガンは、反知性主義の背後に"失敗"があることを浮き彫りにします。

また、"無時間性"という言葉からは、その言葉を知る前に出会った"瞬間を生きる人たち"を思い出しました。彼らはひとつ目の思い付きをすぐ口にするので「選択肢が(ひとつしか)ない」という特徴があります。なので、彼らと対峙することがあれば「第2の選択肢」を提示してきたのですが、彼らはぼくのことを「無能な働き者」と呼びます。うーん。

この戦いはまだまだ続きそうですが、本書を読むことで新しい武器を手に入れられたのは幸いです。次も、がんばれそうです。

(2022/7/9追記 本書掲載の白井聡さんのパートから『B層』についての話題を抜粋した記事を書きました)


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