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通勤路線上の、アリア。

朝が弱いせいか、毎日の通勤がとてもつらい。
何なら仕事よりも通勤がつらい。
通勤手段はバス→JR→私鉄。毎朝起き抜けは、この一連の過程がとても億劫に思われる。特に曇りの日なんかは最悪で、もうずっとこのまま寝ていたくなる。それでも私は、サボりたいと思いながら身体をオフトンから引き剥がし、サボりたいと思いながら朝食を摂り、サボりたいと思いながら身支度をして、サボりたいと思いながら家を出る。バスに乗ったところまで来ると「まあ、ここまで来たしな」とやっと諦めがつく毎日だ。

それよりは、ハワイで迎えた朝のように完璧に晴れ上がった朝。こういう日の方が、違った意味でサボりたい衝動にかられる。このままトンズラして、決められた線からはみ出してみたくなる。もし今それが許されるなら、私は叫び出したいほど幸せだ。

涼やかな風までもがキラキラ輝いているような日。こんな晴れた日に、こんなに気持ちがよくて、労働なんてしていられるかよ・・・バスの車窓から見える河川敷、犬の散歩やサッカーに講じている人達がとてつもなく羨ましい。

いいなあ。
あっちの人たちになりたい。

うっすら嫉妬を感じながらバスに輸送され、気がついたら駅前でバスを降りて、JRの自動改札まで通り過ぎていた。

ホーム内に、セブンティーンアイスの自動販売機がある。毎朝ここを通りすぎるたびに「これって誰が買うんだろう」と思う。誰かが買っているのを見たことがない。5~6分おきに電車が来る場所に、今さらアイスを買って食べる人などいるのだろうか。それとも知られざる需要があるのか。でもきっと、ここでアイスを買える人は、いろんな意味で余裕がある人なのかもしれない。

もしも。

もしも今日このままサボれるのなら。どんなふうに過ごすだろう。どうせならエッジをきかせたサボリ方をしてみたいと思う。せっかくここまで来た上で行くのをやめるのだ。仕事に行かなくてもいい嬉しさを活かしながら、極上のサボり時間を有意義に過ごしたい。

まずはセブンティーンアイスを買おう。
自販機脇のベンチに座ってアイスを食べる。いつも乗る電車がホームに入って来て、いつものメンバーが乗り込むけれど、私はそれに乗らない。アイスを食べながら見送るのだ。いいだろ。

食べ終わったら、次に来た電車に乗ってーーもう電車は混んでいないはずなので、いつもの駅で私鉄に乗り換え、職場のある駅できちんと降りる。

出勤とサボりのギリギリを攻める。

これは乗りかけて乗らないゲームであり、同調するように見せかけてあえて外す音楽なのだ。

ずっと行ってみたかったカフェに入ってみる。毎日通勤するたびに、気になっていたガラス張りの空間。この街は巷では住みたい街ランキングに入る憧れの街らしい。けれど私自身は、ここの良さをあまり知らない。労働が終われば、一刻も早く街を脱出したい気分にかられてしまう。

モーニングプレートを注文して窓際に席を取る。本日2回目の朝食。いつもの朝食を上書き。食べながら本を読もう。私は満員電車の不快感と退屈を紛らわすための本を、いつも持ち歩いている。本を携帯していると安心する。今回はそれほど面白い本ではなかったが、まあいいか。

窓の外では、せかせかと歩く背広姿の男性や、オフィスカジュアル風な人たちが絶え間なく行き交う。たったガラス1枚隔てた自由に、ひどく安堵する。いつのまにか本に集中していた。この本こんなに面白かったっけ。一気呵成に読み切れた。座りながら疾走感に浸れるなんて。初めて読んだこの作家の、別の作品も読みたくなった。

ふと仕事をしている自分を思い浮かべてみる。この曜日のこの時間だと、会議の準備でバタついている頃か。もう1人の自分は、とりあえずそこに置いとくことにして。

さあ次はどこへ行く?ここでついに通勤路線上からはオサラバだ。一転、私は再び駅に向かう。朝来た経路を逆方向へ。いつもなら通過するだけの私鉄とJRの乗り換え駅で、今日は下車するのだ。まだ家に帰るには早い。サボりの余韻は長引かせなければ。ただし疲れない程度で。

本屋に行き、さっき読み終わった作家の本を買う。真っすぐ向かうは河川敷のベンチ。なりたいと思っていた「あっちの人」に、今から早速なってみようというわけだ。朝方感じた涼やかな空気は、すでに温さを帯びてきていたが、そこはどうしても風にあたりながら本を読んでみたい。

昼の日差しの重たさが、ちゃんとした疲労に変わるギリギリの線で、私はベンチから立ち上がる。

これからどうする?

決まってる。
贅沢な午睡しかない。

定期を使って舞い戻り、家に一直線に向かうのだ。 オフトンの中へ。

・・・

セブンティーンアイスの自販機の前。
「でも休む理由なんてないし、それを考えるのもダルいし」
今日もアイスを食べることもできずに、やって来た電車に乗り込む。
長い1日は始まったばかり。まだ行ってもいないうちから、すでに早く帰りたいのだが。


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