サウジアラビアの不安定化は中東の不安定化を招く

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、ジャーナリストのカショギ氏殺害によりこの1年かなり欧米のリベラル系の政治家・メディア・団体から批判を浴びてきました。

外国の大使館においてなされた凶行は、もちろん非難されてしかるべきものですが、その非難の落ち着く先がいまいち決まっていません。結局ムマンハド皇太子をどうしたいのか、ということです。

一国の皇太子を外国がどうこうするのはそもそも無理な話です。圧力を強めれば同国での立場が悪くなり失脚なり何なりして、結局は罪を償うということになるのかも知れませんが、そもそもムハンマド皇太子はサウジアラビアの中では開明派と言われています。

女性の自動車運転やサッカー観戦を認めたり、石油依存経済からの脱却を図るために改革を進めているのはこのムハンマド皇太子でした。もし彼がサウジ王族内での支持を失い、その地位を追われることがあれば、その後継を襲うのは反動的な保守勢力の可能性が高いでしょう。

そうなると女性への抑圧や外国との関係、特に駐留させているアメリカ軍に対してどう出るか分かりません。もし米軍撤退を求めた場合、そしてそれにアメリカが応じた場合は中東の軍事的重しが外れて混乱が一層増すことになります。

サウジアラビア、そしてアメリカ合衆国の中東における存在感が減れば、その分伸長してくるのはイランです。すでに今の中東はサウジとイランの抗争の真っ只中にあります。その一方が力を減ずればもう一方の覇権が確立されます。アメリカはイランの核開発を合意以外の形で押さえ込もうとしていますが、サウジにおける影響力を失えばイランへの圧力も大きく減ってしまいます。

少し前にサウジアラビアの油田設備が攻撃され、アメリカ軍の報復を招かないギリギリのラインでのイランによる攻撃と言われています。イランがアメリカとサウジの仲を裂くための一歩であるのは間違いないでしょう。このサウジアラムコへの攻撃に対して、サウジにしてみれば過剰に反応してイランへの対抗手段を取ろうとすればアメリカが抑えるでしょうし、抑えるアメリカに対してサウジが反発するのも目に見えています。イランにしてみたら、サウジ・アメリカ間の仲が悪くなれば、イラクやイエメンにおけるイランの影響力を増すことも出来ます。

焦点:イランはなぜアラムコを狙ったのか、サウジ攻撃の内幕
https://jp.reuters.com/article/saudi-aramco-attacks-iran-idJPKBN1Y20BG

このことは日本にとっても全くの無関係ではありません。中東の石油が重要ということだけではなく、米軍が駐留している同盟国の設備が攻撃されたとしてもすぐに米軍が動いてくれるわけではない、という重大な前例にもなります。

もし、正体不明の無人攻撃機が日本国内の原発を攻撃した時に、在日米軍が前面戦争回避のために全く動かなかったとしたら、自衛隊のみで報復攻撃するわけにもいかないでしょう。もちろん、日米安全保障条約によって同盟国が攻撃を受けたら報復攻撃が自動的に発動するはずですが、攻撃する相手がはっきり特定されなければどうしようもありません。

2003年のイラク戦争ではブッシュ大統領がブレア首相・小泉首相の支持も受けて、証拠が結果的には存在しなかった大量破壊兵器の存在を理由にイラクを攻撃しました。アメリカとしては二の舞は避けるでしょうし、そもそも日本にドローンで攻撃してくる可能性があるのはロシア・中国くらいでありイラクとは比べものにならないレベルの国力・軍事力を持っています。北朝鮮にしても中国との同盟があります。周辺諸国から孤立していたイラクを攻撃するのとはわけが違います。

結局のところ、アメリカはサウジアラビア国内の権力争いは出来れば起きて欲しくないでしょうし、トランプ大統領がムハンマド皇太子をおおっぴらに非難しないのは当然のことでしょう。大統領が別人でも同じでしょう。サウジ情勢が不安定化すると中東全体が不安定化するのは目に見えています。だからこそムハンマド皇太子がまだ無茶をする可能性があり、結果的にイランが得をすることにならないようなレベルで抑えなければ、欧米や日本にとっても良い結果にはなりません。

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