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にゅうでりのもやもや。夫について

普段はX(Twitter)に住んでいるのですが、Xの字数では書ききれないこと、
読みたくない人もいるかなぁと思うような内容をこちらに書いていこうと思っています。

「もやもや」のタイトルのまま。
未解決の悩みを、特に整理せず、物語風にもせず、そのまま綴る内容です。
結論はありません。誰かの役に立つような記事を目指しているわけではなく
本当に自分の頭の中の整理、アウトプットに書いているだけなので、読んで意味あったかな?と思うような内容しかありませんから、どうか期待しないでください。

私にとっては月に1回職場で受けている臨床心理士さんのカウンセリングのための準備として書いているところもあります(どこまでも真面目)。

noteの方がおすすめ記事の機能から、他に同じような悩みを抱えている方の投稿に出会いやすいなと感じているので、他の人の悩みを知って自分の悩みの解決策を探る上でもこちらに書いていきたいです。


夫は発達障害?精神疾患?愛着障害?

私は、適応障害の診断を受けていて、カサンドラ症候群のような状態かなと考えています。
ですが、X(Twitter)でのポストを見ると、受動型ASDの旦那さんに対して、そうそうと思うこともあれば、やっぱりそこまでではないんだよなぁと思うことも結構あります。
受動型とはちょっと違うような…。

モラハラっぽさはあるので、自己愛性パーソナリティ障害(NPD)なのかなと思ったこともあるのですが
やっぱりそこまでの強い要求や共感の欠如ではなくて…。

息子はASDの診断がついていますが、自分と夫は診断されているわけではないので、受診したとしても、グレーゾーンなのかなぁといつも思っています。

義実家も家庭環境はあまり良くありません。
特性が義両親と合わなかったからなのか、他人の私から見ると「普通の母親」に見えますが、私と私の母親とは全く異なる形で、夫と義母は仲が悪いです。
夫はもう義実家を離れて、30年以上が経ち、離れて生きている年数の方が長くなっています。
それでも、考え方は、育ってきた環境によるものが大きいのか、それよりもその後の影響なのか…。

コミュ障な夫

何に起因しているのか分かりませんが、夫はとにかく他者とのコミュニケーションが上手くとれず、良い人間関係を築けません。

仕事では、お客さんに対しては、大きな嫌な思いをさせるようなことはない程度に、振る舞うことはできます(時々空気が読めなくて、お客さんが帰りたがっているのに、話しかけ続けたり、その話題はどうなの?と思うような話を持ち掛けたりしていることはありますが…)。

一時期はアルバイトを雇っていたこともありましたが、何人にも酷いことをたくさん言って、辞めさせてしまいました。
それを何とかフォローしようとしていた時もあったのですが、フォローしきれないし、私も疲れ、夫も望んでいないので、干渉しないようになり、夫はもう一人でできる範囲のことしかしない方針になり、私は夫は他人と一緒に働くことはできない人なのだと諦めることにしました(それでも一応正社員を8年ほど継続してできていたこともあるのですが、今後、そういう働き方に戻ることはないと思われます)。

これが何なのか、結構、長年、色々と考えています。

「酷いことを言ったら人は傷つく」のが分からない
「どういう言葉が酷い言葉なのか」が分からない
「酷い言葉だ」とは分かっていながら、言うのを止められない

「酷い言葉を言って傷つけてやりたい」と思っているわけではないように思うんですけどね…(そういう時もあるのかもしれません)。

どれかなのか、それとも全てなのか、はたまた全然違う要因なのか…。
どう思われますか…?

感情がねじ曲がっている夫

夫と一緒に子育てをする中で、色々と上手く行かず、私も仕事との両立が難しく、体調も良くなく、夫に対して良くない態度をとってしまっていた部分はありました。

「夫婦は合わせ鏡」だと、よく言われます。

夫から嫌な言葉を浴びせられるということは、私もきっと夫に嫌な言葉を無意識に発していたのではないかと思い、改めるようにしました。

自分に余裕がなく、自分は夫の何倍もずっと頑張っているのに、夫はどうして頑張ってくれないのだろうという不満が積み重なっていました。
それでもやってくれたことに対しては「ありがとう」を言おうとは思っていましたが、言えていなかった時もあったと思います。

もっと子育て・家事に、夫や両親の協力を得られれば…。
病院の正職員の仕事を続けられたかもしれません。
でも「他人と過去は変えられない」。
自分の変えられることを変えるしかない。

そこまで執着して続けたい仕事でもなく、またどうしても戻りたくなれば、相談もできそうだったので、退職することにしました。

退職して、少しは自分に余裕ができ、夫も夫なりに頑張ってくれてはいるので、とにかくできていることに目を向けて感謝しようと決めました。

「ありがとう」
「助かる」
「やってくれていたんだね」
「さすが」
「頼んで良かった」

それくらいやってくれて当たり前でなきゃ困るよと思うようなことでも
一つ一つ言葉にして伝えるように努力しました。

私も自然に、当たり前にできれば良いのですけどね…
ちょっと無理してやっていたところがあったのだと思います。
私はもっともっと頑張っているので、少しは私の頑張りだって認めてほしいよと見返りを求めてしまいました。
「私は褒められたら嬉しいから、褒めるようにしている。
だから、たまには私のことも褒めてくれないかな?」
というようなことを話しました。

そうしたら…
夫は「褒められても全く嬉しくない、そんなの必要ない」そうです…!

褒められて、感謝されて、嬉しくない人なんているんだ!?
私は驚きでした。

気恥ずかしいとか、そんなのでもなく…。
「ずっと褒められることなんてなかったから、そんなものは要らなくなった」そうです…。
いくつになったって、褒められたら嬉しいと思ったのにな…。
素直に喜べば良いのに…。

でもお客さんからお褒めの言葉をいただいた時とかは、喜んでいるように思うのにな…。
夫は「言葉」自体をあまり重視していないように思います。
でも相手が「嬉しそうにしている」とか「悲しそうにしている」とかの様子も感じとりにくいようだし…(私が感じ取り過ぎてしまうので、比較対象が良くないのかもしれません)。

とにかく私としては驚愕の出来事でした。

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書こうと思っていた話の前提として、夫がどんな人かを紹介しようとしていたら、それだけですごく長くなってしまい、今週はここまでで投稿します。
でも来週夫について話の続きになるかは分かりません。
職場の先輩とのことも書きたいし…。どうなることやら…。

読んでくださり、ありがとうございました。


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