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ヒットを飛ばし、足のことを考える

世の中には一発屋芸人、なんて心無い言われ方をする現象がありますが、まさにそんな感じ。221個の記事の中、ヒットする1記事。他に時間をかけて頑張って書いたものも、自信作もあるのに、世の中にはあまりウケないという状況はここも同じ。

昨日、noteマガジンの「今日の注目記事」にパンのことを書いたものが取り上げられると

ありがとうございます

大量のスキをいただきました。すごいな。ヒットの裏にはそういう偶然なのか必然なのか、なにかわからないけど自分のコントロールできるもの以外の力が働いておりますね。

 . . .これで昔のことを思い出しました。

2007年、メディカルリテラシー(今は消滅)というネット上の患者さん情報サイトに整形外科医として記事を書いていたことがありました。この時、サイト内で一番アクセスが多かった、ヒット数がダントツ多い記事、は思いもよらず足の痛みを起こす、「モートン病」について書いたものでした。

世の中には足の痛みで悩んでいる人がこんなにもたくさんいるのだなと驚いたものですが、このモートン病、ちょっと興味深いので再びここで紹介させてください。


現存する人間は全て、ホモサピエンスHomo sapiensです。つまり生き残っているのは一種だけです。ここには動植物のように外来種・在来種の区別はありません。”外人” なんていうけれども、外来種ではなく全く同じ種なのです。だから当たり前と言えば当たり前ですが、私のように日本で勉強して、整形外科医になって、手術をして、という経験がそのまま海外でも活かすことができるのです(その国々で課せられる試験を通ればという前提ですが)。手術をしてみると中身(解剖)は日本人でもスコットランド人で同じなのです。

(ちなみに考古学をやっている夫の場合、グローバルな内容もないわけではないですが、知識経験はかなりローカルなものを要求されます。なので、極東アジアで考古学を専攻している人がいきなりヨーロッパで同じ仕事をするということはあり得ないということになるのです。)

なので、医療の場合、日本と英国で働いている仕事内容を比較してもだいたい似通ったことになるわけですが、それでも細かいところで違う点というのは多々あります。その一つがモートン病。

モートン病(Morton病)


モートン病(Morton病)は簡単にいうと足の趾(足のゆび)と趾の間にある神経が腫れて神経腫となり痛みを起こすものです。(モートンというのはこれを発見したアメリカ人、Dr Thomas George Mortonから来ています)。

ネット上のイメージに加筆:足の3趾と4趾の間

診断はMRI画像がスタンダード

神経が腫れている場所を画像でみる(最近遭遇した症例から)

症状ですが、歩くと小石を踏んでいるような足の前部分の痛み、神経の鋭い痛みです。多いのは足の3趾と4趾の間で、これにかかるのは女性が9割(女性9:男性1)。

似たような痛みを起こす状態に、Transverse metatarsalgia(中足骨骨頭痛)などがあり、注意が必要です。

日本で勤務していた約十数年間に、Morton病と疑った例は数あったものの、エコーやMRIで上記のようにきちんと神経腫が見え診断した例は1例もありませんでした。そして、この神経腫を切除する(神経そのものを3cmほど切り取ります)手術まで至ったことも1例もありませんでした。日本の同僚や先輩と相談しても、この手術をしたことは一度もないというドクターばかりでした。

比較して英国ではこの足の神経・モートン神経腫を切除する手術も1年に3~4例はあります。ごく普通のよく見るもののうちに入ります。

この日本vs英国の違いはどこにあるのでしょう。前述の通り日本人も英国人も同じ人間なので病気の発生率というものにあまり大差はないはずです、例えばリウマチの患者さんは人口の0.5%程度、両国に差はないものなのです。

日本vs英国のモートン病の違い

  1. 医師の診断の差

  2. 画像の診断の差

  3. 医師と患者の間で手術をするかどうかの決断の差

と3点挙げてみました。

  1. モートン病を疑ってかかるという医師の裁量に差がある。研修医などの時期に一度もモートン病の患者さんをみたことがないと、もちろんその後も疑ってかかるということがない。また日本の病院は中央化しておらず、整形外科医は英国でいうGPのような日々のマネージメントやスクリーニングの機能が大きいので、”比較的珍しい症例”を日々の診療現場で見ることが少ない。

  2. MRIを持っている病院の数が多くない。MRIの機械そのものの画像解析力が悪いところもある。MRIを操作する技師がモートン病を狙って設定していない。MRIの画像を読解するのがオーダーした整形外科医に任されており、放射線科医師による専門的読解レポートという機会が限られている。英国では全てのMRIに放射線科医師による専門的読解レポートが必ず(100%) ついてくるので、一人の医師が見落としても、それをバックアップする(見落としを無くす、誤診を無くす)流れになっているのに比較して、日本ではそういうシステムになっていない(専門的読解レポート付きは<10%程度か?)

  3. 診断まで至ったとしても、神経そのものを3cmほど切り取って終わり(移植などはなし)という大胆な手術方法そのものに対するリスクを医師側も患者側も日本では受け入れ難いのかも。

右が切り取られた神経と神経腫です 文献から
Gougoulias N et al Morton's interdigital neuroma: instructional review.


2007年から17年。今はモートン病について書かれているネット上の患者さん情報サイトをたくさん見つけることができました。以前に比べると認知度が医療側・患者側でも上がっていて、昔よりも診断頻度、手術頻度は上がってきているかもしれませんね。


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