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ある朝と針たち 【掌編小説】

 目覚まし時計が鳴らなかったらどうしよう。心配だ。
 結局七時に起きるつもりが五時半には目が覚めてしまい、目覚まし時計をじっと見つめ続けている。七時までは、あと四十分。
 秒針がせわしなく時を刻み、長針がゆっくりと後を追う。短針は黙って彼らの動きを監視しているが、実は誰にも気づかれないまま少しずつ位置を変えている。
 短針が言う。
「たまには旅行したいな」
 その呟きに、秒針がすれ違いざま答える。
「いいっすね、温泉とかっすか」
「国内じゃなくてさ、海外とか行きたいんよ」
 そこで長針が離れたところから、ようやく話に加わる。
「海外って広すぎるでしょ。アジアとかヨーロッパとかさ、他にも北米南米アフリカとかあるじゃない。どこに行きたいわけ? あ、でも治安の悪いところは嫌だな。あと水があわないところも。そうなってくると結局行けるところって限られてくるんだよね」
「だからさ、そういう具体的などこかじゃなくて、ざっくりと海外に行きたいんよ。わからんかなあ」
「いいっすね。俺ニューヨークとか行ってみたいっす」
「君、話聞いてた?」
「すんません聞いてないっす」
 秒針は、そう謝りながら、もう先に行ってしまっている。
「ニューヨークだったらさ、ブロードウェイで観劇とかしたいよね。せっかくだし。今だったらなにがやってるかな」
 長針はすでに旅行ガイドを手に調べ物を始めている。
「だからさあ、そういうことじゃないんだって」
「いいっすね。ミュージカルっすか」
「だからさあ」
 とうとう短針はむくれてしまい、口をつぐんでしまった。
 また静かに針が時を刻み始める。文字盤の上をぐるぐる回る。ゆっくり進む、いつの間にかたどりつく。
 気づけば時刻はすでに八時半。
 私はいつのまにか寝入ってしまっていたようで。
 目覚ましのベルは、結局鳴らなかったが。
 心配事はひとつ減った。

 了
 

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