見出し画像

【読切小説】ほのかに流れ込む慕情〜中央分離帯にて〜

ここの信号は長い。

待ち時間も長いし、物理的距離も長い。
しかし、渡れる時間は短いという不条理な信号だ。

私はゆったりと周りを見渡しながら歩くのが好きだ。
今日はその信号もうっかりゆったり渡っていたら、
まだ半分も渡っていないのにもう信号が点滅し始めた。

あっ。焦らされるのいやだなあ。
小走りで真ん中のシマまで移動する。

シマ、といってもそれは私や私の周りがそう言っているだけで本当の名前は知らないのだが、信号の物理的距離が長く、かつ渡れる時間の短い信号にはよくある場所。
車の進行方向を分けるのにも使われている。
私の今いるシマは、かなり広く私から見て右側が駐車場の役割も果たしている。

すごいなあ、このシマ。なんだか車が潮の流れに見えてきそう。
そして駐車場に停まった車は、一時的にこのシマの上で塩となる…あれれわけがわからなくなってきた…。

ひゅう、と後ろから風が吹いてきた。
それと同時に清らかな良い香りがふわりとした。
思わず振り返る。

きりりとした眉。すっとした鼻。
上唇が富士山のような形の良い唇、涼やかかつ力強さを秘めていそうで、白目部分がさわやかな目。

精悍な印象を帯びたシャープで無駄のない輪郭。
そういった印象の顔を細かくウェーブがかった長い黒髪の、びんの髪が顔の片側に一筋流れて揺れており、それが素敵でどきっとした。
びんの髪以外は後ろで結えている様子だ。

白いシャツを着ており、腕を少しまくっている。
黒髪と精悍な肌の色とシャツの白、そのコントラストが鮮やかでまぶしい。

「長いですね、信号」
その男性が話しかけてきた。
わたしは思わずぴくりとみじろぎした。
話しかけられるとは思っていなかったからだ。

「は、はい。そうですね〜…」
なぜか声が掠れた。不覚だ。

男性は言った。
「でもここ、いいですね。高架下だから風が涼しい」

外は晴れており、日差しが強い上に蒸している。

しかし、今いるシマはちょうど上に高速道路があるためにまるっと日陰になっており、風も涼しい風が少し強めに吹き込んでくる。髪が風になびく。

私は返す言葉が見つからずどぎまぎした。
男性は目を閉じ、緩やかに手を広げた。風を感じているのかもしれない。
こんな高架下、情緒も何もない場所なのに、この人がこうしているだけでなぜか絵になる様子だ。

周りは車が勢いよく往来している。
地面から、頭上から、ごーごー車の音が聞こえてくる。
どことなく爽快感さえ感じるほどだ。車からも風が起こっているのかもしれない。
であるなら、今私たちが感じている風はけしてきれいとはいえないだろう。
しかし、この男性を見ていると、なぜかこの風さえも澄んだものに感じられる。

この男性のある種のパワーなのだろうか。
なんだか、まわりの景色、空気が不思議ときれいなものに感じられてくる。
まわりはごーごーと車が容赦無く走っているのに、ここは、このシマはなぜか本当に安全な、安全地帯といった雰囲気がある。
清浄な、さわやかな風が吹き蝶舞う場所。
この場所だけまるでオアシスのように他の場所から切り取られたみたい。

パッ

あ。信号が変わった。

その男性がスッと振り返りにこりと微笑んだ。
その瞬間が写真のように私の頭だか心だかに刻まれた。
どこに刻まれたかは正直体感としてよくわからないけれど、
とにかく深く印象的で、一枚の写真のようにその瞬間が自分の中にとりこまれた。
うい〜ん。

その男性は颯爽と横断歩道を歩いて行った。
けして急いでいるのではないが、速い足取りだ。一歩が大きいのだろう。

私は男性の行先を目で追いつつ、横断歩道を歩いて行った。
青信号が点滅しだしたので、後半は足早に駆け抜けた。

男性の後をついていこうとは全く思わない。
しかし見える限りは、行先を見つめていたい。
そんな妙に儚い慕情に包まれながら、その男性の行先を見つめ続けた。

儚くかすかで、しかしちゃんとせつない慕情がほのかに私の中に流れ込んでいく。
さみしさもある。
しかしそれ以上に心地よい、現実のなかに非現実的な空間を目の当たりにした感動がひしひしと湧いているのであった。

よろしければサポートおねがいします♡ いただいたサポートは活動費に使わせていただきます♡