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【実話怪談】ウミウシ

私が小学1年生の時のお話です。

当時北海道のある島に住んでいた私達家族は、7人家族でした。
私が小学1年生の頃は、姉が小学5年生、兄が小学3年生、弟が2歳、妹が生まれたばかり。母は下の兄弟2人のお世話で忙しく、必然的に上の兄弟3人が毎日一緒になって遊んでいました。
当時はまだおおらかな時代で、土地柄もあったのでしょうか。私達兄弟は山にも川にも海にも、子どもだけで行き、1日中自然と戯れて遊びました。
特に海には夏になると連日泳ぎに行き、素潜りでウニを拾ったり、つぶ貝を取ってお土産にしたり、イソギンチャクに小石を乗せてみたり……兄はモリで魚を突くのが得意で、お夕飯の材料を取りに行くことを母から命じられていました。

私が1番好きな海遊びは、島のシンボルにもなっている大きなアーチ型の岩まで泳ぎの競争をすることです。岩までの海は浅瀬になっているので、私でもギリギリ足がつくところもあり、休憩しながら泳ぐことができます。
兄弟の中では泳ぐスピードが遅いので、競争は負けてばかりでしたが、たまに姉や兄が敢えて勝たせてくれることもあり(当時はその優しさに気付かなかったですが)、とても楽しい遊びでした。
ゴールの岩に着くと、夏の終わり頃にはハマナスの実が紅く熟れていて大変美しかったことを覚えています。

ある夏の日。

私たち三兄弟は、その日も海で遊んでいました。あの日は少し天気が下り坂で、雨が降りそうな空模様でしたが、雨が降るまでは海で遊ぼうという約束でした。
いつものように、最初は浅瀬で磯遊びして、それから深いところまで泳ぎに向かいます。
沖に向かいながら、まだ足がつくところで、グニッと何か柔らかいものを踏む感触がしました。
(うわ、ウミウシ踏んじゃったかな。)
ウミウシは、触れると紫色の液体を吐き出します。海に溶ける鮮やかな紫色は大層美しいのですが、なにぶん見た目が巨大な茶色い斑のナメクジ。グロテスクな見た目に、好んで触れることはありませんでした。
しかしこうして、たまに意図せず踏んでしまうこともあります。
足元を確認した私は、ギョッとしました。
紫色の液体を想像しながら下を見たのですが、その時目に入ったのは、大量の真っ赤な液体だったからです。

そう、まるで血のような。

驚いて後ろに下がり、足元のそれの姿を確認しようとした時。
「何してるの?早くおいでよ〜!」
と、沖で姉が呼びます。
天気は、今にも雨が降り出しそうな曇り。
(きっと暗いから、光の加減で赤く見えたんだ。)そう、自分を納得させて。
「今行く!」
と、結局足元を確認せずに泳ぎ出しました。

海はどんどん深くなり、足がつかなくなります。だいぶ沖に出たところで、素潜り用のゴーグルを付けて潜りました。
お夕飯の足しになるようなものは無いかと、息の続く限り、海底に触れるところまで一気に潜ります。海面に戻る時間も計算に入れて、息は充分に保つはずでした。
ところが。
ウニを1つ拾い、海面に向かい上がっていくところで、異変は起きました。

(なにこれ、なんで……!?)

海面が、明らかに遠いのです。

潜った距離よりも遥かに遠く、上がっても、上がっても、距離は一向に縮まりません。
段々焦りが出てきます。
焦ると尚更息が苦しくなり、私は生まれて初めて溺れる苦しさを知りました。

その時。

グイッと、私の足を、力強く海底に引き込もうとする力を感じました。

驚いて足元を見ると。



姉です。



姉が、私の足を掴み、必死に海底に引きずり込もうとしているのです。



(どうして……。)


足をバタバタさせて抵抗をしますが、姉は恐ろしい形相で、物凄い力で、私を海底へと引きます。


(もう息が保たない、駄目だ……私、死ぬんだ。)


抵抗を止めて目を閉じました。

姉は、偽物に違いない。

脳裏には、さっき踏んだウミウシが浮かびました。

次の瞬間。



「馬鹿!!何やってんの!!」

姉の怒号が飛び、私は盛大に咳込んでいました。(息が、できる。)
何が起きたかわからず、ただただ体が酸素を求めるのに身を任せます。
涙がボロボロ出ました。暴れたせいか、ゴーグルは無くなっています。
「あんた、なんで溺れてるくせに潜ろうとするの!?死ぬよ!?」
姉が言うには。
私は海面ではなく、海底に向かって泳いでいたらしい。
姉が必死に、暴れる私を海面まで引き上げた、と。
そんなことあるはずがない……でも、実際に私は、こうして助かっている。
「……ごめん。ありがとう。」
と、言うので精一杯でした。

ちょうど雨が降り出し、私達は家に向かいます。帰宅すると、その日は仕事が早帰りだったのか、玄関先で出迎えた父が私を見て言いました。
「お前は家に入らずに、そのままついて来なさい。」
静かに、しかし迫力のある口調でした。
こういう雰囲気の時の父には、誰も何も言えません。
姉と兄は家に入り、私だけが雨の降る中、父の後を追います。父はこちらを見ずに、足早に海へと向かいました。

「名前に助けられたな。」

海に着くと、父が言いました。
意味がわからず父の顔を見ると、父は続けます。「お前とお姉ちゃんの名前は対になっていて、助け合えるように深い繋がりを持たせてある。お前達4人は、名に守られているんだよ。」

4人……?

私達兄弟は、5人兄弟だ。
聞き間違いだろうか。
そういえば、母が「お父さんはね、あなた達が生まれる前から、子どもたち5人の名前を決めていたのよ。まるで生まれるのをわかっていたみたいに。」と、笑いながら言っていたことを思い出しました。

父はしばらく海を見て、聞き取れないような声でなにやらブツブツ呟き、大きく1度頷くと、私に向かって「あの岩にあるハマナスの実をひとつ取りに行くぞ。」と、言いました。
更に、「手を引いてあげるから、ずっと目を瞑っていなさい。」と続けながら、私の手を引き早足で向かいます。
私は言われた通り目を瞑り、やや駆け足でついていきます。途中で何度もウミウシを踏むような感触がありましたが、父と一緒なので不思議と全く怖くありませんでした。
しばらくいくと、瞼の裏に強い光を感じます。
「なんか、光ってる……?」
思わず父に聞くと、「目をしっかり閉じていなさい。」と言われて更にギュッと目を閉じました。


ポチャンッ


と、何かが海で大きく跳ねる音がして。


「帰るぞ。」


と、父が言いました。
どうやら、父の目的は達したようでした。
陸地に戻ると、「ちゃんと落とさずに持っていなさい。」と言いながら、いつの間に拾ってくれたのか父が私のゴーグルを手渡してきました。
「ハマナスはどうしたの?」
父に聞くと。
「あげてきた。」
ひとことそう言って、それからは帰宅するまで無言でした。
父はいつもそんな感じでしたので、特に気にもなりません。
ただ、なんとなく、父が私を守ってくれたということはわかりました。

雨は、いつの間にか止んでいます。

帰宅すると、兄が取った魚が料理されていて、いつものように家族で食卓を囲み、このお話はおしまいです。 
大人になってから、島の人がウミウシと呼んでいたあの生き物が、正確にはアメフラシというのだと知りました。
あの時私が踏んだのは、アメフラシだったのかな。
アメフラシじゃなかったら、一体何だったのだろうと、海に行く度に思い出すのです。

これは私の実話です。

北海道の島のお話は、以下の話にも出てきます。興味のある方、どうぞ。


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