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短編ホラー「からすみ」


” コンコン… コンコン… ”

引越しをして数日が経ったある日、どことなく甲高いノック音が聞こえるようになった。


生活音の一部だろうと差ほど気にもならなかったのだが、部屋に1人の時もノック音は聞こえて来る。


「 ん?何だろうな? 鳥??」


窓ガラスを小鳥が突いているのかと思い、勢い良くカーテンを開けるも、何もいない。いつもの無機質なベランダがあるだけだ。


多少気にはなったが生活には何の支障も無かったので、いつも通りの生活を送っていた。



— 休日、天気が良かったので近所の公園に行く事にした。途中の掲示板にボロボロの婚姻届け?のうような紙が貼れていていたが、くだらないイタズラだろうと見向きもしなかった。

ベンチに座り読書をしていると、背後にあるトイレの方角から、”あのノック音”が聞こえて来た。


” コンコン… コンコン… ”


「 トイレ清掃でもしてるんだろ 」


その時は全く気にもならなかったのだが、これだけではなく、今まで家にいる時にだけ聞こえていたノック音が、外出中にも聞こえるようになった。


ガラス窓をちょっと小突くような、甲高いノック音2回が小さく鳴り響く。


— 数日が経ったある日、今度は友人とのドライブ中に、また”あのノック音”が聞こえて来た。


どこから鳴っているのか出元が分からないのだが、近距離の前後左右どこからも小さく鳴っている、そんな気がした。


” コンコン… コンコン…  コンコン… ”


助手席に乗る同乗者にこの音の事を尋ねてみたが、一切聞こえないと言う。


「 おかしいな?オレにしか聞こえない?? 」


日々の徹夜作業で疲労が蓄積しているのだろうか?精神的にも無意識に無理をしているのかもしれない。


ふと、何とも言い難い強烈な視線を感じた。


” コンコン… コンコン… ”


その強烈な視線に同調するように、ノック音が小さく鳴っている。次の瞬間、人影のようなものがサッと動いたような気がして、とっさにバックミラーにて後部座席を確認するも…


誰もいるわけは無い。


「 … ゴクリっ 」


「 どうした?お前、顔色悪いぞ。 」


同乗者から心配の声を掛けられたのをきっかけに、イヤな視線から一旦逃れたような気がした。



このままでは危険だという事で、サービスエリアに立寄り、小休止を取る事になった。


紙コップタイプのホットコーヒーを飲みながら、同乗者が声を掛ける。



「 仕事のし過ぎじゃねぇのか?大丈夫か、お前。 」


「 最近ずっと小さなノック音みたいなのが聞こえててさ… コンコン、コンコン…って 」

「 耳鳴りか??…よし!気分転換に合コンでもセッティングしてやろう 」


「 マジかっ!…でもそのコンって響き止めてくれる?笑 」



しばし他愛も無い雑談をした事により、すっかり気分転換が出来たような気がした。夜も遅いし、そろそろ行こうという事で、再出発に備え最後にトイレに寄ろうと歩いて行くと…

また”あのノック音”が聞こえて来た。


” コンコン… コンコン… ”


「 またかよ 」と頻発するノック音に若干苛立ち、一歩トイレに足を踏み入れた途端、四方からノック音がどしゃ降りの豪雨のようにけたたましく鳴り響いた。



”… コンコン!コンコン!コンコン!コンコン!コココッコッコッココッコッコッ!!!! ”



「 うぁぁああ! 」


とっさに頭を抱えて縮こまってしまった。

東京ドーム超満員のコンサートをギュっと凝縮したような、四方八方からの並々ならぬ視線に、ゾクゾクと一瞬でスタンディングオベーションした鳥肌がマジでヤバかった。血相を変えトイレから焦って飛び出て来ると、同乗者が不安な面持ちで待っていた。


「 相当疲れてるな? 運転代われよ。」


大事に備え、同乗者に帰りの運転を交代して貰い、なんとか帰路についた。




— ここ数日に渡り脳内に響き渡るノック音。


全く原因が分からないかと言うと、実は思い当たる節はあった。


この引っ越して来たアパートだが、家賃が破格の12,000円なのだ。


相場的には8~9万円ぐらいの好条件のアパートだが、この部屋だけが何故か家賃が格安であった。


そう、いわゆる事故物件というヤツだ。
それを知っていながら住んでいるのだ。


それ故、詳しい死因は聞いていないが、何かが起こっても不思議では無い。




— 夜中、家に着き一休みしていると… 今度は風呂場の方から”あのノック音”が聞こえて来た。


” コンコン… コンコン… ”


「 またかよ… もういい加減にしてくれ 」


当然怖さはあるのだが、あまりのしつこさに苛立ちが恐怖心を上回り、この際ノック音の正確な出元を割り出してやろうと行動に移った。耳を研ぎ澄ます。


” コンコン… コンコン… ”


やはり風呂場の方から聞こえて来る。


「 …もう終わらせてやる 」


意を決し風呂場へと向かうため重たい腰を上げた。無いよりマシだろうと、500mlのほうじ茶のペットボトルを握り締める。


壁を背に息を殺してゆっくりと近付き、脱衣所の前まで来て、改めて耳を澄ませてみた。


” コンコン… コンコン… ”


…間違いない。確実に風呂場から”あのノック音”が聞こえて来る。しかもこのリズム、モールス信号?のように感じ取れた。独学で学んだので合っているかどうかは分からないが、何かのメッセージを発しているような気がした。


「 …ふぅ 」


本当に開けてしまって大丈夫だろうか? 正直、土壇場で風呂場のドアを開けるかどうか躊躇った。


不可解なモールス信号のようなリズムに加え、理解し難いだろうが、ドア越しにあの時車で体感した強烈な視線を感じたからだ。


ドクンッ ドクンッ


何度深呼吸しても無駄で、はち切れんばかりにどんどんと膨れ上がる鼓動音。このまま心臓付近が爆発してしまうような感覚に耐え切れず、目を瞑りながら、思い切って風呂場のドアを開けた。


ガチャッ!


「 !? 」



ゆっくり目を開けると、いつもと変わらない風呂場がそこにはあった。


「 な、なんだよ。ビビらせんなよ… 」


ふと横にある鏡に目をやると、引き攣った表情の自分の顔が映っていた。


一瞬ビクッ!となるも、我ながら何て顔してんだと…すぐに冷静さを取り戻した。結局何も無かったじゃねぇかという事で、脱衣所へと戻ろうと風呂場に背を向けるや否や、再び”例の音”が鳴った。


” コンコン… コンコン… ”



「 …へっ!? 」



まるで私を引き留めるために、何者かに肩をトントンっと叩かれたようなそんな感覚だった。

ち、近い…

完全に真後ろで”あのノック音”が鳴っている。


…そこは、鏡のある位置だ。


改めて覚悟を決め、恐る恐るゆっくりと振り返ると、そこには正面に映る自身の姿があった。


” コンコン… コンコン… ”


引き攣った表情のさっきとは打って変わって、冷静というか無表情な自分の顔に少しの違和感を覚えると、すぐにある事に気付いた。


” コンコン… コンコン… ”


鏡の中の無表情な自分とずっと目が合っているのだが、手元の方に視線をゆっくり下ろすと…


手を軽く握り込み、中指と人差し指で鏡の中からこちらに向かってノックをしているでは無いか。


” コンコン… コンコン… ”


「 うわぁぁあっ! 」


あまりの恐怖に、勢い良く後方にひっくり返ってしまった。


パニック状態で手足をバタバタさせながらも何とか起き上がり、再び鏡を見上げると…


ぼんやりと確認出来る、今鏡に映っている人影は、明らかに自分では無い。



ニヤぁぁあ


死体を想像させる”からすみ”のような肌の色、酷く荒れた唇。そしてゴミを漁るカラスのようなボサボサの黒髪の女が鏡の中に立っていた。自身で掻きむしったであろう、二の腕の深い引っ掻き傷が生々しい。



” コンコンコン… コンコンコン… ”

” …ギ・シ・サ  …ギ・シ・サ !? ”

モールス信号を私なりに解読すると「ギシサ?」に聞き取れた。



何度も叩きつけバキバキになった口紅のような物を突き立て、血だらけの手で尚も激しく鏡をノックしている。こちらを見つめる表情は狂気そのもので、目が合った事を喜ぶように、ニタぁと笑っているように見えた。


” コンコン…コンコン!  …ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴゴッ!!”



内側からジト~ッと赤く染まって行く鏡と、狂気の表情に満ち満ちた黒髪の女。怨念をまとった強烈な視線はこちらの両目を凝視したまま、逸らすことは一切無い。鏡をノックする行動はどんどんとエスカレートして行き、やがて激しい頭突きや体当たりへと変わって行った。


全身を鏡に強く打ち付けるその光景は、まるで人間が何度も何度も車に轢かれるシーンを運転席にて間近で見せられているようなものであった。ぶつかる度に大きく見開かれる歪んだ瞳。骨が折れようが皮膚が裂けようが関係無い。

尚もグネグネとしなる体で、内側からガンガンと鏡を叩いてくる。今にも鏡が割れて中から女が飛び出て来そうな勢いだ。



…うっ。。 ドサッ


壊れた口紅で鏡を引っ掻き回す、まるで脳を直接メスで切りつけられるようなトラウマ級のノック音と、鏡内で繰り広げられる強烈で真っ赤な惨劇。


あまりの恐怖で正気を保つ事が出来ず、腰を抜かすと同時に気を失ってしまった。






…気が付くとそこは病院のベッドの上だった。


看護師さんが声を掛けて来た。


「 良かったですね、優しい彼女さんで 」

「 え?何の事です? 彼女いないけど… 」

「 全く照れちゃって~ このこのぉ 」


看護師さん曰く、彼女と名乗る女から119に通報があり、救急隊員が駆け付け事なきを得た…との事だった。その女は長い黒髪で、印象的な真っ赤な口紅を付けていたそうだ。


「  …え、えっ?? ウソだろ !? 」


激しい吐き気と共にまた意識を失ってしまった私は、一般病棟から特殊病棟へと移される事になった。



(  1か月後  )


療養を重ね、今は大分落ち着きを取り戻して来た。

一般病棟に移れる日も、そう遠く無いだろう。

…しかし、ある音だけには、どうしても体が敏感に反応してしまうんだ。



” コツコツ… コツコツ…”



消灯後に廊下を巡回する警備員さんの足音が、どうしても気になって気になって、全く眠る事が出来ない。


” コツコツ…コツコツ……  …コンコン …コンコン ”


コツコツと革靴で廊下を歩く足音が、徐々にあのノック音へ変わって行き、やがて廊下はおろか病院全体をノックしているような錯覚に陥る。


同時に、脳内で勝手にモールス信号が解析される…


「 ギシサ… ギシサ…  …サギシ 」


 ニヤぁぁあ


!?


”… コンコン!コンコン!コンコン!コンコン!コココッコッコッココッコッコッ!!!! ”



ぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!!




ちなみに、あの住んでいた事故物件の事だが…

ある日風呂場で女の変死体が発見されたそうだ。結婚詐欺に遭ったのが原因のようで死因は自殺。不気味だったのは、”男性と見られる人差し指と中指”が女の死後1ヶ月後にリビングから発見された事だ。この切断された指は、記入途中の婚姻届けにグルグル巻きにされた状態で見つかった。尚、自殺現場の風呂場には、鏡に口紅で書かれたであろう謎の呪語が羅列されていた。そして、鏡中央にはちょうど頭が通るぐらいのサイズの穴が開いていたらしい。


男の指もそうなのだが、さらに不可解なのは…


その穴が、内側から強引にこじ開けられた形跡であったという事だ。




後日、女の唇から切断された男性の人差し指の細胞が検出された。女が握っていた口紅って…



<Fin>




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