映画レポ|『エレファント』まだキスを知らない殺人鬼たち
今日すれ違う人が、善人が悪人かなんて誰もわからない。自分の命の期限も、その終わり方も、大概の人は目前にしてやっと気がつく。その恐怖を忘れ、私たちはぼんやりと生きていないだろうか。
今作はある平凡かと思われた日に実際に起きた、銃乱射事件を題材にした作品である。
◾️あらすじ
◾️2003年のパルム・ドール受賞作
今作は2003年、第56回のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した作品である。監督は『グッド・ウィル・ハンティング』、『マイ・プライベート・アイダホ』などで知られるガス・ヴァン・サント監督。実際に起きた高校での銃乱射事件を題材にストーリーを描いた。起用したキャストのほとんどはオーディションから選ばれた実際の高校生たちで、出てくる役名も本名とのこと。台詞も現場で作り上げていくなど、徹底した“リアル”な絵づくりが追求されている。
◾️キスも知らない17歳が銃の撃ち方は知っている
物語は、学校へと送られるジョンの車が激しく蛇行するシーンからはじまる。父親が酒に酔ってることに気がつき呆れながらも、いつも通り学校へと向かうジョン。なんの変哲もないはずだった、今日がはじまる。他にも何人かの登場人物が入れ替わり登場しては日常を送るが、“今日が普通ではない”ことを知っている鑑賞者側はヒヤヒヤしてたまらない。
この映画の凄いところは、事前情報を見なければ誰が犯人で、いつ事件が起きて、誰が殺されるのかが全くわからない構成になっているのだ。つまり突然、理由もわからずに事件が起きる。映画としての起承転結は破綻しているが、考えてみれば実際の日常に美しい起承転結なんてものはない。
「キスも知らない17歳が銃の撃ち方は知っている」が今作のキャッチコピーとされている。この言葉の通り、切ないようなやるせないような、複雑で歯がゆい気持ちにさせられる映画だった。
◾️映画の題名が意味するもの
『エレファント』というタイトルが意味するものは、いくつかあると監督自身もインタビューで語っている。
そのうちのひとつは、“Elephant in the room”という慣用句からきているというもの。直訳は、“部屋のなかの象”。
部屋のなかにいる巨大な象は誰の目にも見えているが、誰もそのことについては触れようとしない状況。つまり、「見て見ぬふりをする」という意味だ。学校という大きな部屋のなかで、見て見ぬふりをされた巨大な問題。いじめや教育格差、人種差別…誰のなかにも心当たりがある、チクリと心を刺すできごとではないだろうか。
◾️まとめ
『エレファント』はそのテーマ性からも、ぞっとするほどリアルで非常に重い作品である。少し歯車が違えば、自分自身が加害者にも被害者にもなりうる可能性のある問題だ。
しかし、残虐な行為の手前には美しい日常も描かれている。今日死ぬかもしれない者たちの尊い高校生活…特に太陽の光が美しく映し出され、まるで惨劇を待つようにゆっくりと時間は流れる。明日があることを確信し、ていねいに写真を現像するイーライが好きだった。
私も完璧に善人といえる存在ではない。人生において、取り返しのつかないさまざまな後悔に塗れている。
それでもまだ、今日を生きている。
ラッキーでありがたいことだと実感する。
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