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目標を設定することの負の効果

はじめに

モチベーションの理論としてロックの目標設定理論が存在する。この理論は目標設定が人々の動機づけにつながることを主張しており、実際に具体的な目標を設定することで従業員の生産性が向上することが多くの研究で実証されている。

なので、この理論の説明の後に学生には具体的な目標を設定することをお勧めしている。学生生活は特に注意しないとなんとなく4年間を過ごしてしまうことが多い。一方、何か明確な目標を持って生活している学生は生き生きしているし、毎日が楽しそうである。なるべく多くの学生には有意義な学生生活を送ってほしい。

一方、今回ゼミの学生と一緒に輪読した論文はこうした目標設定が及ぼす悪影響に関するものである。とても面白く、かつ納得のいくものだったので紹介しておく。

目標設定の負の効果

2004年にAcademy of Management Journal に発表されたSchweitzer らの論文は、従来ポジティブな側面に注目が集まりがちだった目標設定理論の負の効果について分析している。

彼らはとりわけ非倫理的な意思決定に着目し、目標設定が人を非倫理的な意思決定に誘う可能性を示している。

もちろん、目標を設定すること自体がこうした非倫理的な意思決定に必ず結びつくわけではない。ところが、人は目標を設定したものの、それが達成できないと認識した時、非倫理的な行動をしてしまうというのである。

この研究における非倫理的な行動とは、「目標を実際には達成していないのに達成したと言ってしまうこと」である。簡単に言えば嘘をつく、といってもよいだろう。このことを、Schweitzer らは大学生を対象とした実験で明らかにしている。

実験は制限時間内に英語の7つの文字を使って単語をつくらせる作業を学生にやらせるという手順で行われている。例えば、"AEDBKUG"という7つの文字を学生に与え、これらの文字を用いて単語を作るよう促す。

実験には三つの条件が設定されている。第一の条件では、学生は単純に「できるだけ多くの単語を作ってください」と促される場合である。この条件に割り当てられた学生は、具体的な目標を設定せず単語を作ることになる。

第二の条件では、学生は9個以上の単語を作るよう促される。すなわち、9個という具体的な条件が学生に付与される。

第三の条件に割り当てられた学生は、9個以上の単語を作るように促されるだけでなく、目標を達成した場合、2ドル受け取ることができる、という追加の条件付けがなされている。すなわち、金銭的なインセンティブを与えた条件である。

第一と第二の条件下の学生には、実験にあたり10ドルが払われる。一方、第三の条件下の学生には14ドル入った封筒が手渡され、目標を達成したらその封筒から2ドル受け取ってよいとされている。そして、実験が終わったら余ったお金を返却するよう求めている。

学生たちは実験後、実際に自分たちが目標を達成できたのかどうかを回答している。また、学生たちが本当に目標を達成できたのかどうかは、学生たちが実際に9個以上の単語を作れたのかどうかを確認することで照合している。

実験の結果と考察

以上の結果、三つのことが明らかになっている。

第一に、目標を設定した第二および第三の条件下の学生の方が、ただ単に「できるだけ多くの単語を作ってください」と言われた第一の条件下の学生よりも、実際には目標を達成していないにも関わらず目標を達成したと言う傾向が有意に高かった。

第二に、目標を設定しただけの第二の条件と目標設定と金銭的インセンティブとを結びつけた第三の条件との間で、学生が目標を達成していないにも関わらず目標を達成したと嘘をつく可能性に有意な差はなかった。すなわち、金銭的インセンティブが目標設定と結びついているかどうかは、学生が目標達成できないときに嘘をつく可能性と関係がない可能性が示唆された。

最後に、学生はあとちょっとで目標達成できる、という状況下におかれた場合、より嘘をつくことが明らかになった。具体的に、今回は条件二及び条件三においては9個の単語を作るよう学生は促されたが、例えば、8個しか単語を作れなかった学生の方が1個しか単語を作れなかった学生よりも、「私は目標を達成できた」と嘘をつく可能性が高い。

おわりに

具体的な目標を設定することは、人のモチベーションにとって重要であり、数値目標を掲げることで従業員を鼓舞し、実際に組織の生産性を高めることができる。

一方、目標を持たせる、ということは何らかの不正の機会を与えてしまっている、ということにも念頭にした方が良い。目標が達成できそうにない状況下になると、人は何らかの不正をしてしまう可能性が高まってしまう。とりわけ、あとちょっとで目標を達成できる、という人ほど、何らかの不正をしてしまうような動機づけがなされてしまう点は注意が必要であろう。

Reference


Schweitzer, M. E., Ordonez, L., & Douma, B. (2004) Goal setting as a motivator of unethical behavior, Academy of Management Journal, 47, 422-432.


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