過去は新しく、未来は懐かしい「ビリー・エリオット」


2018年に観た「ビリー・エリオット」の舞台の感想です。

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突然なのだが、わたしには5歳になる息子がいる。
ポケモンとマリオと電車が好きで、いつも冗談ばかり言っているまあ、ごくごく普通の、しかしわたしにとっては世界一可愛い男の子だ。
男児というのは、一般的に女の子ほど着るものに頓着しないので、何でも買った服は躊躇いなく着てくれるのだけれど(女子はフリフリがどのくらいついているか、プリンセスの柄じゃないと嫌とか、それはそれは大変と聞きます)。

でも、ふと
「新しい靴、何色がいい?」
と聞くと「ピンク」と彼は答える。
さらに、来年には就学の準備をしなくてはいけないので、「ランドセル買わないとねえ、何色がいいかなあ」と聞くと、やはり「ピンク」という返事。
そこでわたしは(というか、まあこの手の問題に遭遇した大概の親御さんは)頭を悩ませるのだけれど。

【ビリー・エリオット】
リトル・ダンサーという映画が原作で、そちらはご存じの方も多いと思うので詳細は割愛するけれど、イギリスの田舎町ダーラムに住むビリーという男の子が、1980年台という今よりも不自由な時代に、ひとりバレエに魅せられて、様々な無理解や偏見や困難を乗り越えて自分を表現していくという話だ。

ビリー自身も「こんな、カマくさいこと」と戸惑いながらも、ダンスに出会った日から、まるで一目惚れでもしたように、踊ることに夢中になっていく。父や兄の大反対にあいながらも、ウィルキンソン先生のダンス教室に通うことをやめられない。

後に「踊ることはどんな感じ?」とオーディションで聞かれたビリーは
「踊ると頭がからっぽになる、僕は飛ぶ、鳥みたいに、電気が流れるんだ」
「Electricity(電気、まるで電気)」と答える。
ダンスやバレエをやったことがある人、あるいはクラブやライブや何でもいいけど日常的に踊ったことがある人ならわかると思う。
踊ることは本当に「電気みたい」なのだ。音楽と身体が一体になって、どこまでが自分でどこからが音なのかわからないような感じ。
ビリーはそのダンスの力で、電気の力で、一瞬で古臭い価値観に縛られた炭鉱の町から魂ごと飛び出していく。

印象的だったのは、おそらくマイノリティであるビリーの友人・マイケルと、ビリーが一緒にふざけて女の子の服を着て踊るデュエットのシーン。
私が観たのは、子鹿みたいなしなやかさで踊る春斗くんの姿だ。
軽やかで楽しげな二人が刻むビートとタップの硬質な音が、わたしの体中を打ち鳴らしていった。

ワンピースを着たマイケルは本当に可愛らしくて、ビリーと仲良しで、男とか女とかそういうのはさておいて、二人はお互いが大好きなのだ。
ビリーは今のところおそらくヘテロなので、ひょっとして、もう少し大きくなった時、悩んだり戸惑ったりするかもしれない。でも今の彼らは、まだそういうややこしさを据え置いて、様々な深刻さからも束の間自由でいられる。

本当に胸が熱くなってしまった。
男とか女とかどっちでもいい、踊ることはこんなに楽しい、好きなことは嬉しい、男女のどちらでも、彼らはお互いが大好きで、それだけで充分なのだ。
ウィルキンソン先生も、ビリーが最初にボクシンググローブを持って教室を訪れた時に言っていた。
「踊りなさい! 男でも女でもデブでもちびでものっぽでも痩せでも、踊れば何だっていい!」
そう、踊れば誰でも鳥みたいになれる、何からも自由で、束縛されない、自由な魂に。体中に電気を流すことができる。
二人の爆発するようなダンスを観ているうちに、わたし自身の心もどんどんからっぽになり開放されていくのがわかった。

子供はいつだって自由で、心のままにある。古臭い価値観に捕らわれた大人が、「男はサッカーとボクシングだ」「バレエなんかカマくせえ」と言い、誰が決めたわけでもないルールを勝手に守って、どんどん小さく、弱い人間になっていってしまう。

わたしは舞台を見ながら、息子が「ピンク」と答えたときにほんの少しでも怯んだことを後悔した。なんとなく黒や青の無難な色に誘導しなくちゃいけないかなあ、と漠然と思ったことを恥ずかしく思った。わたしは「いいねえ!」と間髪入れずに答えるべきだったのだ。社会がなんとなく拒絶したり差別したりしていることを、わたしだけは否定しなくてはいけなかった。これじゃあわたしは、あの偏狭なダーラムの炭鉱夫と一緒じゃないか。
他に誰もピンクのランドセルを背負ってる男の子がいなくても、最初のひとりになればいい。ビリーがダーラムで最初の男の子ダンサーになったように。
そして子供は自由だ。きっと小学校にはビリーやマイケルのような子が思いのほか沢山いる気がする。彼らは「へえ、似合ってるねえ」って言うだろう。不自由な大人と違って、バカにするような子は少ないんじゃないかと願っている。
赤坂からの帰り道すがら、一年後にどう思っているかはわからないけれど、その時にまたピンクがいいといったら二つ返事でカッコいいのを探して買ってあげようと心に決めたのだった。

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