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北陸線

 高校まで自転車通学だった奴・徒歩通学だった奴には憧れしかなかった。寝坊してもなんとかなるし、人の多さに辟易する必要もない。すぐそこに好きな女の子がいるのに気づいても近づけない自分に絶望することもないし、車窓を見つめて「なんで生きているんだろう?」と自分を意識の深淵に持っていくこともないだろうし。

 高校生の私は毎日JR北陸線を利用していた。石川県金沢駅から滋賀県米原市に伸びる、この沿線の片道20分の青春。この20分でダイナミックに青春が動くことはなかったけど、自らの青春を語る上で欠かせない空間であることは間違いない。

 いつも先頭から2両目に行く。そこにはいつも私の好きな人がいる。当時お付き合いしてた人、高校離れたお調子者のアイツ、大学生になっても海外旅行に一緒に行くような親友。ホームの階段から遠くても、そこに辿り着くまでに空席があっても、2両目に行きたくなるのは、きっと彼らがいるんじゃないか?と淡い期待をしてしまうから。

 高校2年の夏。期末テスト最終日。2両目で、指数関数の勉強をしている恋人同士がいる(電車で数学するなよ!世界史やれよ!)。その日の天気は最悪。あまりにも勢力の強い台風で、電車が動かない。止まったままの2両目。朝なのに曇天のせいで世界は真っ暗。けどとても明るい車内とふたり。電車という日常が非日常に変わっている。

 すると急に車内は真っ暗になり、気温もグッと下がる。辛そうな顔をしている彼がひとりで座っている。曇天で駅に一向に到着しない電車の2両目で窓を見つめ、苦しそうにしている。優秀だった周りの奴らとの能力の差に追い詰められ、呼吸ができていない。卑怯さを持つ自分に失望を重ねるあまり、容量不足になり思考回路に通信制限がかかり、涙すら出てこない。今ならそいつに言えることがたくさんある。けど、そいつは放っておいても自力で電車を降りる。少し先の話だけど、確実に下車できるまで成長する。だから、遠くから見つめることに留めておくのがいい。

 帰省するたびに私は北陸線に乗る。今日はその電車で同じ高校に通っていた友人を見かけた。間違いなくそいつだったけど、「今、駅にいなかった? めっちゃ似てる人いた」とだけDMを送る。誰にも会う予定がなかったから髪もボサボサだし、久しぶりの再会がこれでは恥ずかしいと思い、友人のもとへ行くことを躊躇った。その友人が通学しているとすると、乗り換えの関係で同じ電車に乗っているのはわずか10分。すぐに返信が来た。やはり、私の目は間違っていなかった。
 文字のラリーは続く。そして思う。その友人は大学院に進む。私はあと3ヶ月したら、地元からさらに離れた場所に就職する。お互いの新生活が始まり、会うチャンスはばったりと減る。社会人とはそういうものらしい。あと何回会えるのか。北陸線で偶然会うなんてこと、2回も起こりうるのか?気づいたら、友人のいる車両へ向かっていた。偶然にも2両目だった。
 久々に再会しても、見た目も喋り方も雰囲気も何ひとつ変わっていなかった。研究室配属があること、大学院に進学すること、新幹線通学しているが実は一人暮らしよりも安いこと…わずかな時間に、たくさんのことを教えてくれた。そして何より面白かったのは、久しぶりの感じがしなかったこと。北陸線の魔法なのだろうか。今はほとんど利用していないのに、私にとって北陸線は日常の一部のままなのかもしれない。

 あっという間に目的地に到着。別れたあと、こんなメッセージを送ってみた。

 「また会えることを願いたいですな」

 不器用な私なりの「またお会いしましょう」である。

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 北陸線は、私にとって、高校時代の自分と、地元に住む友人との思わぬ再会を生み出してくれる空間だ。残念ながら、電車の本数は減少していると聞いた。利用客も大きく減っていると聞いた。自分のように北陸線沿線の人口も減少していると聞いた。

 いつか廃線してしまうのだろうか…

 ピコッ!

 友人からだ。

 嬉しいこと言うねぇ、ほんとに。

 「生きてればまたきっと会えます!」

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