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“普通”に潜む偏見 どう減らす コーヒー店営む夫婦の発信から

※本記事は、宣伝会議 第44期 編集・ライター養成講座の卒業制作として作成しました。公開にあたり、加筆修正しています。

「男女平等」が叫ばれてから、どれくらいの時が経っただろう。2022年2月、ある夫婦がメディアに対し、一枚の依頼文を発表した。ジェンダーギャップ解消のための文書だ。 二人は何を思い、行動したのか。彼らの経験を通して、身近なところに潜むジェンダーバイアスを見つめる。

ジェンダーギャップ解消のため発信をする、中村まゆみさん(左)と中村佳太さん(右)


店を掲載する際は「妻→夫」の順で名前を紹介してください―――。
メディアにこんな依頼をするのは、京都・大山崎にあるコーヒー焙煎(ばいせん)所「大山崎COFFEE ROASTERS」を営む中村まゆみさん・佳太(けいた)さん夫妻だ。二人が共同で経営する同店は、センスのよい佇まいやコーヒー豆の質の高さが評判を呼び『Casa BRUTUS』や『CREA Traveller』『&Premium』など数々のカルチャー誌に掲載されてきた。
2022年2月、二人は『ジェンダーギャップ(※1)解消のためのメディア関係者へのお願い』と題した依頼文をツイッターに公開した。この取り組みは一躍注目を集め、全国紙にも記事が掲載されることとなる。
(以下依頼文の一部抜粋)

1、弊店は、中村まゆみと中村佳太の両名にて共同経営を行っております。「店主」はふたりを指し、どちらか一方が代表しているわけではありません。
2、両名の名前を紹介いただく場合には「中村まゆみ・中村佳太」の順番で掲載をお願いします。
3、取材の最中「ご主人・旦那さん」「奥様・奥さん」といった呼び方はお控えいただき、名刺に記載する名前で呼んでいただきますようお願いいたします。
4、メディアの皆様は、取り上げるコーヒー店のオーナーや焙煎家、バリスタなどのジェンダーバランスを確認し、偏った紙面や番組にならないよう取り組みをお願いします。この点を理由に、男性が焙煎をしている弊店を取材対象から外す場合、わたしたちは喜んで承諾いたします。 

なぜ二人はこのような依頼文を公開したのか。背景に何があり、どのような想いでアクションに至ったのか。等身大の体験談を聞きたいと思い、連絡をとった。

※1 男女の社会的、文化的な格差のこと。

二人が公開した『ジェンダーギャップ解消のためのメディア関係者へのお願い』


日常に馴染みすぎている偏見 

閉店時間をすぎた午後3時半ごろに店を訪れると、香ばしいコーヒーの香りとともに二人が暖かく迎え入れてくれた。明るくハツラツと話すまゆみさんと、気さくで柔らかな雰囲気をまとった佳太さん。二人の人柄に惹かれて店に通うファンも多い。
「夫婦でやっているっていうだけで、突然優劣がつくんです。『夫が主体的に店を回していて、私はヘルプ』という扱いを当然のようにされる」。そう語るのは、同店に関わるデザイン全般を担うまゆみさんだ。
店を始める前は、それぞれ会社員として別々の会社で働いていた二人。まゆみさんも当時はジェンダーギャップを意識することはなかった。ところが、夫婦で事業を始めた途端、取引先や客からの対応の差を強く感じるようになったという。
共同で経営しているのにもかかわらず、まゆみさんが店の電話に出ると「店主に変わってください」と言われる。まゆみさんが応対しているのに、佳太さんの方を向いて話す。佳太さんのことは名前で呼ぶのに、まゆみさんを「奥さん」と呼ぶ…。
13年に創業して以来、まゆみさんは一人、胸の内にモヤモヤを蓄積し続けた。およそ6年もの間だ。そしてついには、店を運営する意欲が完全に無くなってしまったという。「偏見が日常の中に馴染みすぎていて、自分でも認識しないうちに神経がすり減っていくんです。気付いた頃には無気力になっていました」とまゆみさんは当時を振り返る。
たとえ悪気や差別する意図がなくても、言われた側は日常的に何度も傷つけられていることがある。言葉や行動に、無意識の偏見や差別が含まれていて、それが心の中に積もっていく。

店の入り口横に置かれた看板
店の中に鎮座するコーヒー焙煎機

19年ごろ、限界を感じたまゆみさんは、次第に佳太さんに打ち明け始める。「最初は自分のことを話そうとするとわなわなと震えてしまい、言えなかった。まずはテレビコマーシャルやニュースなどへの違和感を口にすることから始めて、徐々に話せるようになりました」
「最初は気が付いていなかった」と語るのは、店ではコーヒーの焙煎を担当し、ライター・エッセイストとしても精力的に活動する佳太さん。「ただ『メディアの人に嫌な対応をされた』と聞いたら、後日また取材がある時には意識して様子をみるじゃないですか。そうすると、確かに僕だけに話しかけていたり、まゆみさんには名刺を渡さなかったり…。本当に言っていた通りだったんです」。佳太さんも少しづつ、自身の中でジェンダーの問題について考えるようになる。
次の変化は、佳太さんが一冊の本に出会ったことだった。韓国のフェミニスト、イ・ミンギョンが書き上げた『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』。この本は論理的にジェンダーの問題を説明する本ではなく、女性が自分の心と体を守るための“会話のマニュアル本”として書かれている。
この本の内容に、佳太さんは衝撃を受ける。「よくある男性からの反発の声にも全て答えてあるんです。それまで自分の中で考えたり話を聞いたりはしていたけど、それだけでは限界があって。本から得た気付きは大きかった」。この出来事をきっかけに、佳太さんはフェミニズムの勉強を始めた。
佳太さんが学び始めたことで、まゆみさんの抱えるモヤモヤの正体を言語化・概念化できるようになっていく。そうして徐々に二人で理解を深め、行動に移したのが前述の依頼文である。

『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』
著 イ・ミンギョン 訳 すんみ、小山内園子 出版社 タバブックス 


小さな変化を重ねて

「以前は偏見に直面すると、心がくしゃっと歪むような感覚がありました。整理できてからは一歩引いて受け取れるようになったので、同じ状況に陥っても、自分の心を守れている感じがします」とまゆみさんは語る。
差別的な態度への対応も変化した。とっさに的確な言葉を見つけるのは難しくても、以前のように場の雰囲気を壊さないよう気を遣ったり、笑って流したりはしない。嫌な冗談には答えず、笑顔も出さない。
「私の実体験だけで言うと」と前置きした上でまゆみさんは続けた。「もしモヤモヤを抱えているなら、少しづつでも話せるようになると心持ちが変わってくると思います。無理はしなくていいけど、できる範囲でアクションを起こしてみる。そうすると自分のすり減り方がマシになったり、相手が『良くないことだ』と気が付いたり、少しづつ影響が広がっていく」
発信後の周囲の反応も肯定的なものが多かったという。印象に残っているのは、コーヒーの生豆の営業担当者だ。かつて、まゆみさんが応じていても焙煎に忙しい佳太さんに話しかける、そんな対応をするうちの一人だった。ところが、新聞の記事が出た後に再来した彼の言動は以前とは明らかに違ったものだったという。
「『女性の農園の豆でおすすめです』と私にアピールしてきたり『女性は強いね』と言ったり。まあ、表現が少しズレてはいたんですけど」とまゆみさん。佳太さんは「難しいですよね。『それはジェンダーステレオタイプの押し付けだからダメなんですよ』と言いたい気持ちもあった。でも少なくとも『営業する時にはジェンダーバイアス(※2)を意識しないといけない』と気付いてくれた。その一歩でも、良かったなって」と笑った。
まずは無意識だった自分に気付けるか。それができるか否かでは大きな違いがある。ともかく認知しないと何も始まらない。
メディア関係者からは「依頼文があることで逆にやり易い」という声も挙がった。女性と男性、二人の責任者がいる場合、どちらの名前を先に書くのか。なぜ多くのメディア関係者は尋ねないのだろう。佳太さんが聞いた話で
は「『普通はこう』という慣習がある」「聞いたら逆に『男が先に決まってるじゃないか』と怒られることがある」というのだ。
「そんなしがらみのせいで行動できないとき、僕らの依頼文を言い訳に使ってもらえたらいい。『こんな発信をしているお店がある。もしかしたら女性を前に記載してほしいと思ってるかもしれない。逆にしたら失礼じゃないですか』って」と佳太さんは言った。

※2 男女の役割分担に対する固定観念や、性差に関する偏見のこと。


“ボス”は男性が務めるもの?

ライターとしても活動する佳太さんに「メディアのジェンダーバイアスの再生産(※3)」について思うところはないかと問いかけた。「本当に“上”に少ないですよね、女性が」と佳太さんは話を切り出した。
21年の冬、佳太さんは雑誌『Standart Japan』の第18号に『僕の周りのジェンダーギャップ』と題した記事を寄稿した。『Standart Japan』はスペシャルティコーヒーの文化を伝えるインディペンデントマガジンである。洗練された誌面デザインで、環境や労働の問題も取り上げるリベラルな業界専門誌だ。

『Standart Japan』第18号の表紙

その記事の中で佳太さんが指摘したのは、『Standart Japan』編集部の男女比と、特集に取り上げる女性の少なさだった。(以下記事の一部抜粋)
“Standart Japan編集部の2名はどちらも男性だ。(中略)また、コーヒー業界の様々な「ボス」がリーダー論を語るコーナー『ボスでいること』にこれまでに登場した11名のうち女性は1名だけだ。しかも、(中略)日本の女性はひとりも取り上げていない。このことは「ボスは男性が務めるもの」とのアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を助長しかねない〟
「実際、コーヒー業界に女性リーダーはいるので、そこまで苦労しないはずなんですよ。それにもかかわらず、男性の方が簡単に選べるからって男性ばかり取り上げている」。記事の執筆前、編集部にこの指摘をぶつけた佳太さんだったが、返ってきた反応にショックを受けることになる。「『分かってはいました』っていう反応なんです。ジェンダーの偏りがあって、それが問題だという意識まではある。でも、行動には至らない。(リベラルな雑誌である)『Standart』ですら、まだそこなんだってショックで」。佳太さんは続ける。「もし問題を認識しているなら、一刻も早く変えないといけない。それができないなら、もう上に立つ人を変えるしかない。多少無理矢理にでも比率を変える。意思決定層に女性がいるのが大事なんじゃないかな」

佳太さんが寄稿した『僕の周りのジェンダーギャップ』中表紙。記事は10ページにわたる。

この佳太さんの指摘は、一雑誌だけの問題ではない。ジェンダーギャップの問題を報じる、新聞業界も同じ状況だ。日本新聞労働組合連合の調査によると、19年4月1日時点で、全国の新聞社38社の会社法上の役員数は、全体319人のうち女性はわずか10人。約3%と依然低い水準にとどまっている(※4)。
メディア業界の意思決定の場に女性が少ないことが、ジェンダーバイアスの再生産やジェンダー平等に関する発信の抑制に繋がることは想像に難くない。
「意思決定層にいる人に評価されないと世に出ないですもんね。だから男性に分かるよう書かないといけなくなる」と佳太さん。
あるメディアの女性からも「自分はジェンダーの問題を報じているけど、足元の社内の意識が低くてジレンマがある」との声を聞いた。
ここでふと、佳太さんに尋ねられたことがある。「編集・ライター養成講座 総合コース(※5)」の講師の男女比率はどれくらいか。
答えは、第44期の全講義50回のうち女性講師が登壇したのはわずか5回(同一講師が複数回登壇した場合も回数に含め、選択授業も各1回とする)。比率にすると男性約90%、女性約10%。卒業制作の講評者は男性2名。一方、受講生の男女比率は男性約38%、女性約62%と女性の方が多い(同講義のパンフレット2022年度版より)。
佳太さんに、これを伝える。「なかなかダメですね」という答えが返ってきた。

新聞社における女性の割合。出典『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』
著 新聞労連ジェンダー表現ガイドブック編集チーム 出版社 株式会社小学館

※3 メディアが固定されたジェンダー観をもって情報を伝えることで、無意識の偏見をより強めてしまう、もしくは刷り込んでしまうこと。
※4 『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』231ページより。著 新聞労連ジェンダー表現ガイドブック編集チーム 出版社 株式会社小学館
※5 株式会社宣伝会議が運営する、ライター・編集者の育成講座。筆者は同講座の卒業制作として本記事を執筆している。


男性からジェンダーの課題をどう見るか

男性の立場からジェンダー平等を訴える佳太さんはどんな景色を見ているのか。
佳太さんは、男性のフェミニストゆえに葛藤したこともあったという。前述の『僕の周りのジェンダーギャップ』を執筆した際のことだ。「自分が書くことで、またしても男性が書いた記事が雑誌の数ページを占めることになる。女性に書いてもらう方がジェンダーギャップの解消にはいいんじゃないか…」
そんな葛藤から抜け出すヒントになったのは、アメリ・ラモンのオープンソースのガイド『Guide to Allyship(※6)』だった。Ally(=アライ)とは、当事者ではないが、マイノリティグループを支援し差別の是正を目指す人のことである。翻訳版の『アライになるためのガイド(※7)』には、アライがすべきこととして、このような記載がある。
“これまでの歴史において押し殺されてきた声を…大きく響かせるために、自分の特権を活用する”
男性である自分が、抑圧された女性たちの声を届ける。そのこと自体にも価値がある。そう思い直した佳太さんは、ゲストエディターに株式会社CafeSnap代表の大井彩子さんを迎えた上で、当事者である女性へのインタビューを実施し、記事を執筆した。
「フェミニスト=女性だと思っている人は多い。僕のことを見て、そうではないと気が付く人がいるかもしれない。男性が発信することで、これまで気にしていなかった人の目に止まったり、関心を持つ人が増えてくれたらって思ってます」
ジェンダーの問題を発信する上で、佳太さんが意識していることがある。それは「男性に寄り添うスタイルを取らないこと」。男性にも伝わりやすいようにと「有害な男性性(※8)」を同時に語ったり「ジェンダー平等によって男性も生きやすい社会になる」と男性にとってのメリットを並べたりはしない。
「もちろんその考えも理解はできるんですけど、あくまで女性が差別されている状況を無くすべきで、男性にメリットがあるから無くすことではない。そこはすごく意識してる」と佳太さんは語気を強めた。
一方で「男女の不平等はある」という現実を認めない人も、いまだに多く存在する。佳太さんは、そんな状況に首を傾げる。なぜ世の中の男性の多くが、差別のある現実を理解できないのかが、分からない。「指摘されたときに、反発する理由が全く分からないんです」と佳太さんは苦笑いを浮かべる。
まゆみさんは、そんな佳太さんと、聞く耳を持てない人との違いをこう分析する。「フェミニズムの話をすると多くの男性が、びっくりするくらいの嫌悪感を示すじゃないですか。『自分を非難された』と感じて反発するのかもしれない。でも、佳太くんにはそれがない。感情を抜きにして、まず状況を受け取ろうとするんです」
感情に左右されず、まずは問題を理解しようと試みる。ビジネスの場では当たり前のこの姿勢を持つことが、現状を打開するヒントになるかもしれない。

※6 https://guidetoallyship.com/ 
※7 訳者  三木 那由他(以下掲載サイト) https://docs.google.com/document/d/e/2PACX-1vQJvHrw5oMdinlvrUrfOCPZBlsQoyLLqGBDf6As9yQPxInnEqEks0rvfx0zotrYc0zF7eW1rar4_G/pub 
※8 「男はこうあるべき」とされる行動規範のうち、負の側面があるとされるもののこと


自分の立場でできることがあるなら

実は、まゆみさんは人前で話すことが好きではない。得意な佳太さんが側にいたこともあり、これまで多くの取材を佳太さんにお願いしてきた。「女性の店主として雑誌に取り上げたい」という依頼を断ったこともある。
「それでも、これからは私が前に立つ取材も受けてみようと思ってるんです。自分のためではなく、社会のために、ちょっと頑張ってみようかなって」とまゆみさんは微笑んだ。メディアに出る女性の枠を一つでも増やせるなら、という想いがそこにある。
店主という立場があるから、不特定多数の人や幅広い世代に影響を与えることができる。店を運営しているから、依頼文を通してメディアに呼びかけができる。「わずかでも、自分の行動で周りの人に影響を与えられるなら、自分にやれることはやってみるつもり」とまゆみさんは現在の心境を語った。
「いきなり大きく変えるのは難しいですよね。結局一人一人に向けた行動でしかないけど、そういう小さいことから気付いてもらうしかない」。まゆみさんと佳太さんは自分たちの身の回りから良くしていこうと、発信を続けている。
誰だって、口うるさいなんて思われたくない。反対意見に傷つけられるのもこわい。黙っているのが一番簡単だ。
それでも、口に出してみる、周りの人の声に耳を傾けてみる、本を読んでみる…。その小さな行動の積み重ねは、少しづつ変化を起こしていく。
それぞれの立場で、できることは何だろう。人の立場が無数にあるように、できることもいくらでもあるのかもしれない。

「大山崎COFFEE ROASTERS」の店内。洞窟をイメージした。

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