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パン屋日記 #33 ママのめいちゃん

26歳の「めいちゃん」は
離婚してすぐ、パン屋の求人に応募をくれました。

2歳のお子さんがいるめいちゃんは

いつも元気で、
前のめりに働こうとしました。

例えば、
本来朝8時に出勤するところを

めいちゃんだけ特別に
7時45分出社に変えていました。

時給の計算が、
15分でワンメーターだったからです。



ある日出勤すると、
目がチカチカするほどたくさんの
予約カードが貼られていました。

ご予約商品の取り忘れや
スライス間違いのないようにしなきゃ、
と頭をかいていると

めいちゃんがすっ飛んできて、
こう言いました。

「iccaさん、予約やばいですね。
 わたし、何回も確認しに来ます。
 何回も聞くなって怒られてもいいんで、
 何回も確認します!」

めいちゃんの「頑張るぞ!」という気持ちが、

何もかもから伝わってくるのでした。



めいちゃんは、できるだけ多く働くために

パン屋だけでなく、
レストランの厨房にも入るようになりました。

めいちゃんが厨房勤務だったある日

めいちゃんのお子さんが通う保育園から、
電話がかかってきました。

遊んでいる時にお友達とぶつかってしまい、
口元から血が出ているとのこと。

保育園の先生は基本的に、
子どもを病院に連れて行くことができません。

いってらっしゃい、と
めいちゃんに言ってあげたいのですが

厨房の仕事は
特別な設備や道具を多用するため、

他の人が簡単に代わることができませんでした。

(どうするんだろう)と、
スタッフがざわついています。

ざわつきながらも
必死にざわつきを隠そうとする、あの感じ。

わたしはそおっと、
厨房をのぞきに行きました。

「めいちゃん、めいちゃん」

大丈夫そうにしている、
元気なめいちゃんが出てきました。

「すぐに上がっていいよって言ってあげたいんだけど、
『厨房のめいちゃん』の代わりができる人がいなくて……」

苦渋の提案は、こうでした。

「わたしか事務のお姉さんが、『ママのめいちゃん』の代わりに
お迎えの方をさせてもらえたらと思うんだけど、どうだろう……?」

めいちゃんは、
見たことがないほど目をまん丸にしていました。



そうこうしているうちに、
保育園から再度電話がかかってきました。

無事に血が止まり、
本人も元気そうにしているので
早退不要とのこと。


そういうわけで

結局わたしは、
お迎えには行かなかったのだけれど

めいちゃんは帰るまでに、
3回もお礼を言いに来ました。


実はわたしの母親も

今のめいちゃんと同じ26歳の時に、
4歳のわたしを連れて離婚しています。

苦労や貧しさがそうさせたのか

あるいは、そもそも性格が合わないのかはわかりませんが

母親との明るい記憶はありません。

かつては彼女も、
こんな風にかわいらしくて
こんな風に一生懸命だったのだろうかと思うと

とても不思議で、
複雑な気持ちになるのでした。

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