若い女しか知らない世界

エレベーターが閉まった瞬間、つい先ほどまでにこやかに対応していたはずのおじさんをディスり始めた目の前のモデルの指はタクシーの配車アプリを繰り返し操作している。なかなか配車がされないらしく舌打ちをして溜息と共に出た彼女の「きも」と言う言葉で先ほどの光景を思い出すと確かにその通りだ。

トレンドのシースルーのトップスを着て肌を透けさせボディラインの出るパンツを履いてる彼女に人々の視線は集まる。私のような一般人でさえおじさんと目が合うだけで何かを盗まれた気分になるというのに、その何倍も華やかさを纏わせている彼女が受けるそれは仕事だとしても堪らないものがあるだろう。

エレベーターが地上に着き「この時間なら普通にタクシー通りますよね」と言いながら彼女は自らの左腕で胸元を覆い隠すようにし、いつでも青山通りのタクシーを止められるよう右手をひらひらとさせた。「ファッションで自分を表現できる」時代だというが、この国において果たしてそれは容易ではない。

私も夏に古着の買い付けにテキサス州を回る際はブラジャーを身につけない。薄いキャミソールにデニムのショートパンツという格好をしていても煩わしさや不快な視線を感じることはないからだ。しかし4年住んでいる祐天寺のマンションから下北沢のショップまでの道のりをノーブラで移動する勇気はない。

タクシーが捕まらず目の前のモデルは「無理吐きそう」と誰かと電話を始めた。通行人(やはり主におじさん)は遠慮なく彼女に好奇の視線を浴びせながら通り過ぎる。頼まれたわけでもないのにタクシーが拾えるまで彼女を守らなくてはと鋭く気合を入れ配車アプリを開くと「配車手数料980円」と表示された。

クソクソクソクソと中央線に乗っている無敵の人よろしく叫び出したい衝動を堪え、彼女のためにタクシーを呼んだ。「ありがとうございます」とタクシーに乗り込む彼女を見送り表参道駅まで歩く。暑くて毛穴から汗が噴き出てTシャツがベト付き今すぐにブラジャーを外したいが行動には及べるはずもない。

世界はファッションで自分を表現できる時代になっているのにネットを開くと露出度の高いDJが性被害に遭っているのはなぜなのだろう。電車の冷房で冷えた汗に身慄いしながらタクシーが目的地に着いたことを確認するとそこは私の目的地の祐天寺で、噛みしめた唇から理由の分からないうめきが溢れた。(完)

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