いつかの友達

栃木で生まれた私と麻衣は同じ幼稚園のひよこ組で出会いました。公立中学校を卒業するまで同じ吹奏楽部で活動して毎日一緒に下校しました。私は勉強ができたので偏差値の高い進学校、東京の国立大学と進学しました。麻衣は偏差値が低くて制服が可愛い私立高校を中退したと母から聞きました。

大学にはおしゃれで実家が太い人がたくさんいました。私は彼女たちのようにはなれなかったので一生懸命勉強しました。それだけでは彼女たちに追いつけず親に頼み込んでカナダに留学をして経験を積み、狙ってる企業のCEOが通う銀座のクラブに勤めて就活には特に苦戦することなく社会人となりました。

小賢しい女ですよね。自分の位置を瞬時に理解してキャラクターをカメレオンのように使い分けるのがコツです。会社での私の仕事はアニメキャラクターの商品企画・開発・製造から販売までのプロセス全般に携わる業務でした。サイトの運営も行うためかなりの激務で当然地元に帰ることはありませんでした。

上京してから10年経ちますが帰省したのは2〜3回でしょうか。成人式も出ていません。親不孝な娘ですよね。でも私にとってあの家は居心地が悪かったんです。「25歳までに地元に帰ってきて結婚しろ」とか「投資は怖い、普通預金入れとけ」とか、地元の大学を出た両親とは噛み合わないことが多いんです。

同級生たちとの交流はとっくに途絶えていましたが麻衣は成人式の写真を送ってくれました。気合いを入れすぎたのかヒジキのように固まった睫毛と艶も抜け感もないケバケバしいメイクとケープで盛りすぎた金髪に驚きましたが、東京リベンジャーズに出てくるようなヤンキーに囲まれた麻衣は綺麗でした。

昔から輪の中心にいたのは麻衣でした。転んだら折れちゃうんじゃないかってくらい脚が細くて、まん丸の目の中はいつも光が入ってキラキラ輝いていました。だから久しぶりに麻衣から会おうと連絡がきて胸が躍りました。高校生のときファミマの前ですれ違ったのが最後だから、実に12年ぶりの再会でした。

麻衣が住んでいるのは私たちの地元の小山ではなく宇都宮だというので、宇都宮駅直通のパセオに入っているスタバで待ち合わせをしました。お茶してご飯を食べて、久々にカラオケに行くのもいいなとわくわくしていました。当時は月に1度高校生のフリをしてカラオケで椎名林檎の「本能」を一緒に歌うことが楽しみでした。

待ち合わせの16時から30分遅れてやってきた麻衣に話しかけられるまで目の前の人物が麻衣だと気が付きませんでした。根本は黒く枝毛だらけの金髪という風貌に70キロはありそうな体型。そして小さなバギーの中にはウーパールーパーによく似た赤ちゃんが眠っていました。「ごめん、道路混んでて」。

一体何から聞けばいいのか分かりませんでしたが先にまずは麻衣の飲み物を買いに行くべきだと思いました。赤ちゃんから母親が離れないほうがいいに決まっているからです。既に飲んでいたソイラテを指し「何にする?」と麻衣を見やると彼女が着ているシャツの袖には茶色いシミが付いていました。

「抹茶フラペチーノにしようかな」となぜか赤ちゃんを見ながら答える麻衣のために数分並んでそれを買いました。ついでにチーズケーキも。席に戻ると麻衣が小銭をテーブルに広げていました。「PayPayでいいよ」と小銭を持ちたくないことを匂わせましたが「PayPayは怖いからやらない」そうです。

麻衣はすっかりこの町の大人になっていて段々と窮屈な気持ちになりました。奢ると言うと麻衣は「えっ?本当に?嬉しい〜♡」とレディディオールを買ってもらうときの港区女子のように喜びました。チーズケーキは私が食べるつもりで買ったのですが麻衣が食べ始めたのでそのままにして質問を始めました。

てか久しぶりすぎてエモいね(笑)赤ちゃん何歳?まだ1歳かぁ可愛いね、結婚はいつ?2年前?言ってよーお祝い送るのにー!おめでとう♡旦那さん何してる人?……現場って何?ああ、土木作業員(笑)いやいや立派じゃん!土木作業員のこと現場って呼ぶの知らなかったー。え?旦那の実家に住んでるの!?

なぜか声をあげて泣きたい衝動に駆られました。しかし私は笑顔の牙城を崩さないように注意を払いました。麻衣は抹茶フラペチーノを一口飲むと、つらつらと語り始めました。それは今日が人生初のスタバという告白から始まり、毎朝スタバに寄って出社する私は衝撃で唇が「え」の形のまま固まりました。

何も帝国ホテルの1杯2000円のコーヒーというわけではありません。田舎にもチェーン展開されているスタバのコーヒーはどれもせいぜい500円前後です。しかしその衝撃は長くは続きませんでした。もっと信じられないような話を次々の麻衣の口が語るので、私は脳を揺さぶられている気分でした。

高校中退後ヤンキー達とつるみ出したこと。『かごダッシュ』という窃盗を繰り返したこと(スーパーや薬局のかごいっぱいに入れた商品をレジを通さずに持って走り、待機しているバイクに乗って逃げるらしい)。そのうち身体を売るようになったこと。酔った先輩たちに輪姦されてもヘラヘラ笑ったこと。

宇都宮に逃げてスナックで働き始めたこと。既婚者の客と付き合って子供を2回中絶したこと。その男が麻衣にくれると言っていた部屋の権利ごと消えたこと。ストレスと精神安定剤の副作用で30キロ太ったこと。キャバクラの面接に落ちたこと。スナックに勤めては病んで飛び、また別の店に入ったこと。

そうしてるうちに働けるスナックがなくなってしまったこと。土木作業になったヤンキーの先輩と偶然再会したこと。ゴムを付けずに行為をして子供ができたこと。義実家での暮らしは干渉がなく思ったよりキツくないこと。不幸話に聞こえるかもしれないけど子供のおかげで麻衣は幸せだということ。

私は一通り話を聞いた後、一秒でも早く東京に帰りたくなりました。子供のおかげで幸せなんて虚勢を張られたところで私はもう麻衣に近況報告なんてできなくなっていました。誰もが知る出版社に勤める彼と来月入籍することや新婚旅行でイタリアやスペインに行く話やなどどうして出来るでしょう。

バギーから「ふえぇ」という泣き声が聞こえました。席を立つには絶好の機会です。「そろそろ行こうか」と麻衣を促しスタバを後にしました。「フラペチーノずっと飲んでみたかったんだ、次いつ来れるか分からないから写真撮ればよかった」と言う麻衣に「また来ようよ」と心にもないことを言いました。

電車で帰るのかと聞くと「電車代が勿体ないから義母を呼んだ」と当然のように言いました。ガソリン代の方が高いことを突っ込もうとしてやめました。ふと麻衣が私のロエベを指さして「そのバッグ彼氏にもらったの?」と卑屈めいた笑顔で言いました。仕事を頑張った自分へのご褒美に買ったものでした。

金のかかるものは全て男から与えられるものだと思っている価値観を哀れに思いました。麻衣のバッグは安っぽい合皮が剥げていましたけど。パセオを出ると麻衣は断りもなくセブンスターに火をつけました。路上喫煙。副流煙。赤ちゃん。黄ばんだ歯。様々な言葉が脳裏を掠めましたが何とか飲み込みました。

麻衣の姿が見えなくなると私はさめざめと泣きました。もう会うことはないでしょう。泥濘の中を歩くように足が重く、実家への帰省をやめて新幹線に乗りました。車内で読んだ田舎移住を促す記事の中に『田舎で暮らす温かさ』という一文がありました。車両に差し込む夕日が私の肩を何度も震わせました。完

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