ある夏の情事

隣で男がゴムもつけっぱなしにして意識を落としている。このまま何事も忘れて眠ってしまいたい。それでもお互いにパートナーのある身だからという使命感を奮い立たせて身を起こす。ゴムの先にたまった白い液体が揺れていた。小さくなったものに乾いて張り付いたゴムを剥がすと男は痛そうに顔を歪めた。

「起きた?」と言おうと口を開いたら乾燥した喉がひりついた。夢現にいた男は薄目を開けてこちらを見たが再び突っ伏している。無口な男だった。肉体を交わす以外にあまり会話を交わさなかった。会う前は新宿に来ることを少し面倒に感じていたのに、写真よりも数段美しく若い男が来て少しまごついた。

8歳下の19歳、経験人数は2人。慣れていないらしく店選びから任せられた。安い中華に入ってもメニューを一つも決められなかった。「この後どうする?」と聞いたのもこのホテルに手を引いて入ったのも私だった。その時点で帰ろうかと思ったが男は必死に呼吸を整えるほど緊張していたから許すことにした。

165センチの私より少し背が低い。抱きついて髪を掴み上げると雄の顔になっているから不意をつかれた。置いてけぼりにされまいと男のボタンを外しながら唇に集中する。背中に触れると「女性に荒く抱かれてみたい」という身体が震えた。それを合図に興に乗った私は耳元に噛み付き、素肌に指を滑らせた。

羽交い締めにして押さえつけ跨る。嬌声がうるさかったので口の中にタオルをねじ込むと顔がトマトのように真っ赤になった。30分かもう少し荒々しく交わって果てた。ホテルに入る前にコンビニで買った水を飲んでいると男は明太子おにぎりを食べていた。よくこの埃っぽいホテルで食欲が湧くものだ。

じっと見ていると「さっきは緊張してあんまり食べれなかったから」と照れた。喉の渇きを潤すと再びいそいそと交わり始める。上から獣のように覆い被さって私より細い腕を掴み上げ、物体のように扱いながら唇にむしゃぶりついた。余計な女性を抱いていないミルク臭さと、安い明太子の味がした。

そういうおもちゃーー例えば赤子のようにむしゃぶりつきながら腰を振れるようなーーのように、文字通り男を使うと征服欲がイージーに満たされアドレナリンが分泌された。今ここにはいない3年目のパートナーもきっとこうなのだろう。欲望は全てあのペキニーズのような取引先の女にぶつけるのだ。

私も彼も性の匂いを完璧に拭い去れないまま、しかし何事もなかったかのような顔で合鍵を使って同じ部屋に帰り同じダブルベッドで眠る。今日は彼の方が先に眠っているだろうか。私たちは決して触れ合うことはなく背中合わせで夢を見る。彼の中で私が雌でなくなってから随分長い時間が経っていた。

若い男を何とか起こしてホテルを出る。「またね」とタクシーに乗り込んだがもう会うことはないだろう。スマホを開くとパートナーから「プリン買ってきた」とLINEが入っていた。無性に彼に抱かれたくなって、でも何度挑戦しても彼とはできなかった絶望を思い出して窓の外を見た。星は見えなかった。(完)

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