見出し画像

モロッコでサヨナラ①-日本~ドバイ~カサブランカまで-

離婚して2年が過ぎた頃。夫だった人と暮らした町を離れ、地元へ戻ることを決意した。一人で暮らしたお気に入りの部屋と、大好きな仕事仲間たちと離れ、別の場所で自分の人生を新しく始める決意が固まるまで、2年かかった。

旅人だった彼は、国内海外問わず私を様々な場所へ連れて行ってくれた。2010年には彼の夢であった世界一周にも出かけた。「日本から船を使わずにどこまで行けるか」を目標に、神戸から船で上海に渡り、そこからはひたすら陸路で中央アジア、イラン、トルコ、ヨーロッパ、再度トルコを南下して中東、そしてエジプトまでは陸路でつないだ。2011年の東日本大震災をきっかけに旅を中断し帰国したが、8カ月で36か国を回った。

もう10年近く前の話になるが、ひとりでは絶対できなかった(やろうとしなかった)であろう、世界一周。彼のおかげで、とても貴重で素晴らしい経験ができた。旅の最初は、バックパッカーの彼が旅をリードしてくれていた。私は彼が行きたいところに行けて、見たいものを見れればそれでよかった。だから彼に何を言われても「いいよ」としか答えなかった。彼の意志を尊重しているつもりだったが、そう思っていたのは私だけ。私は考えることを放棄し、旅慣れしてる彼に甘え、様々なことを彼に背負わせていただけだった。

こんな状態で24時間一緒にいて、彼が私の存在を疎ましく思うのは当然だった。私たちはどんどん噛み合わなくなり、世界一周の終わりごろ、ついに彼のストレスはマックスになった。ケニアのナイロビのゲストハウスで、彼は突然無言でペットボトルを床に叩きつけた。「なに急に。どうしたの?」と声をかけたが彼は「さぁ」としか返してこなかった。きっとあれが彼の限界のサインだったのだろう。

帰国して3年後に離婚が成立した。23歳で結婚し、32歳でひとりになった。「結婚したら子ども産んで主婦になる」と結構本気で考えていた私は、その9年間「自分の人生を自分で決めて自分の足で歩む」という基本的なことをなにひとつしてこなかった。やりたいことはたくさんあったけど、「まぁいいや。やらなくたって、誰も困らないし」と思っていつも逃げていた。その中のひとつが「ひとりで海外に行くこと」だった。

離婚して、自分でちゃんと働いて、生活することはできた。あとは、「ひとりで海外」に行ければ、彼からちゃんと卒業できる。世界一周で自分が引き起こした「失敗」をクリアしたかったのかもしれない。一人で海外に行けたら、これから先も自分の足で立って、ひとりで生きていける。そんな風に考えていた。

退職してから地元で再就職するまでは1カ月あった。前半の2週間は国内、後半の2週間はどこかひとりで海外に行くことにした。行先はモロッコに決めた。世界一周をしていて印象的だったイスラム圏の国にまた行きたい。キラキラ輝くモロッコ雑貨に囲まれたい。本場のタジン鍋を食べてみたい。理由はそんなところだった。ひとりで海外に行くことに不安がなかったわけではもちろんない。不安しかなかった。でも、ひとりでモロッコに行って帰ってくることで、人生の階段を一段登りたかった。

日本の西側を気ままにめぐった後、福岡から関空に飛び、ドバイ行きの飛行機に乗った。ひとりで出国するのはドキドキした。飛行機はマキさんという日本人女性と隣同士になった。マキさんはドバイ経由でヨーロッパに向かい、現地で友人と合流すると言っていた。「ひとりでモロッコに行く」と言ったら興味をもってくれて、お互いの旅の話で盛り上がった。

ドバイに着いた。ありとあらゆるものがアラブ文字で溢れている。あぁ外国に来たと、ぞくぞくした。乗り継ぎの時間まで、マキさんとコーヒーを飲んでおしゃべりしながら過ごした。お互いの旅の無事を祈って別れた。

いよいよ、ドバイからモロッコ・カサブランカに向かう飛行機に乗った。当然ながら周りは外国人ばかり。飛行機でのマキさんとの出会いが思いのほか楽しかったので、寂しさは倍増した。

遂にひとりになってしまった。飛行機降りてから両替できるか、ちゃんと電車に乗れるか、ホテルに着けるか…不安ががーっと襲ってきた。行きの飛行機はほとんど記憶がない。きっと不安で、ガイドブックを読み漁って頭のなかでシミュレーションしていたんだろう。

飛行機は無事にモロッコ・カサブランカのムハンマド5世国際空港についた。空港でなんとか最低限の両替をして、売店でまず水を買った。水のペットボトルを買って、日本と比べて物価がどのくらい違うのかを計る。これは彼がよくやっていたことだった。モロッコの物価は日本とはあまり変わらなかった。

空港から電車に乗り、最初の町を目指した。ボックス席の向かいには明らかにバックパッカーの外国人のカップルが座っていた。「Hi」と軽く挨拶した。日本だと駅に着くとアナウンスが入るが、外国だとないことのほうが多い。事前に空港からどのくらい時間がかかるか調べて目安にしていたが、電車が止まるたびに気が気じゃなかった。しばらくして向かいのカップルが降りようとしたので駅の名前を聞いたらここだと教えてくれた。

次は路面電車に乗り換え。泊まる予定の安宿の近くを目指す。地図を見ればちょっと頑張れば歩けそうだったけど、さすがに長いフライトの疲れがあるので、路面電車に挑戦することにした。路面電車の乗り方も、ガイドブックや旅人のブログを読み漁ってシミュレーションはばっちりしていたけど、いざ乗ろうと思うと難しい。近くにいたおじさんに教えてもらった。

路面電車は快適だった。空港から町までの電車に比べたら、すごく近代的な乗り物のような気がした。路面電車を降りると、混とんとしたマーケットが広がっていた。あぁ、モロッコに着いたんだ。まずはひとりでここまで来れた。町の雰囲気や、においを全身で感じながら、自分の足で異国の町を歩いているだけで、わくわくしてきた。少しずつ少しずつ緊張がほどけていく。

地図を見ながら、目星をつけていた宿に向かう。個室で、トイレは部屋についていた。シャワーは共用。安宿にエレベーターはない。ザックを背負ったまま、一歩ずつ4階まで階段を上った。自分で飛行機を乗り継ぎ、電車を乗り継ぎ、目当ての安宿にたどり着いた。それだけだったけど自分でできたことが嬉しかった。安心したら疲れがどっと出たのですぐにシャワーを浴びて、すこし横になったらそのまま眠ってしまった。

目が覚めたら夕方だった。暗くなる前になにか買いに行かねば…と思って宿を出た。

つづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?