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プラットホームはドリーミーファンタジー。(まろやか熟成版)

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17時36分、列車は湯の山温泉を出る。

湯の山温泉〜大羽根園間

窓の外はすっかり暗くなっている。
菰野からは乗客も増えてロングシートは半分近く埋まった。

夜、知らない田舎の町を走る列車に乗っているというのは若干心細さを感じるけれど、わたしはわりと好きだ。早朝と夜の列車は景色を楽しめないことがほとんどで、でもその代わり、暗闇からわたしを守って走ってくれる列車がより親密な存在に感じられる。
だから、どうせ夜であるならば、外は暗ければ暗いほどいい。何も見えない中を音を立てて鉄橋を渡っているときなんか、特にわくわくする。

というのは一鉄道ファンの感想であって、景色の見えない列車に乗っている時間というのは、たとえばいちがやさんにとってはスマホを触ったり本を読んだりする時間であり、たかやまさんにとっては乗客たちを眺める時間であったりする——、あんまりきょろきょろしないでくださいね。

たかやまさん
「すごくかわいい子いる」

小さな声だがひそひそ声にならないようにしてたかやまさんが言った。

ささづかまとめ
「……、どこですか」

そう言われるとやっぱり気になってしまう。

たかやまさん
「右前のドアの右側に立ってる子」

わたしは顔をゆっくり上げて、視線を右に移動させる。ドアの脇に制服のブレザーをきれいに着た男子高校生が立っていた。ゆっくりと視線をたかやまさんに戻す。

ささづかまとめ
「男の子ですか?」

たかやまさん
「うん。どうしたらあんなかわいい顔になれるんだろう。男の子なのに」

大きくカーブを描くまぶた、すっと通った鼻筋と結ばれた唇。顔の輪郭は丸くて子どもっぽい。髪は短めで、前髪を上げている。肌はニキビがなくて色白。きれいな顔だが、どこかほのぼのとした印象。

ささづかまとめ
「ちょっと幼めな感じでかわいいですね」

たかやまさんは小さく首を傾げる。適当な表現ではないらしい。

たかやまさん
「そうじゃなくて、なんの意識もしてない感じなのにかわいいのがいい。一生懸命生きてるだけ。あ、ほら、ああいうしぐさ。英単語の本で口元隠れてる」

たかやまさんは男の子をずっと観察している。

ささづかまとめ
「さすがにちょっと見すぎじゃないですか? 目が合ったら困りません?」

たかやまさん
「目が合ったらうれしい。それでいい感じの反応なら電車下りるとき声かけられる」

ささづかまとめ
「おー、ナンパするんですか」

たかやまさん
「ナンパというより…。そう、猫好きの人はかわいい野良猫がいたらちょっとかまいたくなるよね? それと同じ。私、人が好きだから」

と言いつつ見すぎた自覚があるのか、たかやまさんは男の子から視線を外す。それと入れ替わるように、いちがやさんが文庫本から顔を上げて男の子を一瞥した。

いちがやさん
「ああ…」

いちがやさんが息を漏らして、視線を手元に戻した。

たかやまさん
「いいよね?」

たかやまさんが自身のふとももの上のスカートを両手で撫でながら尋ねた。声がわずかに弾んでいる。

いちがやさん
「いかにもあなたが好きそうな…」

あなたって。

たかやまさん
「かわいくない?」

いちがやさん
「たしかにきれいな顔だけどね」

たかやまさん
「うんうん」

いちがやさん
「でもそこまでテンション上がっちゃうのはわかんないわあ」

いちがやさんはそう言ってあくびをした。たかやまさんはにこにこしながらまた男の子を見る。男の子が英単語の勉強に集中してくれていて助かった。


18時02分に近鉄四日市の駅に着いた。件の男の子の後をついていこうとするたかやまさんをひっぱって、改札を出ずに大阪方面のホームに向かう。いちがやさんはたかやまさんを連れてホーム上のコンビニに向かう。
その間にわたしは券売機で大阪難波までの特急券を買う。わざわざ2つの特急列車を乗り継ごうとしているが、ちゃんと2つの列車とも一度に座席指定ができるようになっている。優秀なシステムである。

まず乗るのは18時13分発の五十鈴川行きの名前のない特急だが、列車は少し遅れているらしい。ホームで待つ。空気がかなり涼しくなっている。たかやまさんに温泉から再び脱いでいるダウンのベストを着るかどうか尋ねたが、ふるふると首を横に振った。

たかやまさん
「あの子のこと、同じクラスの子たちも気になってるはず」

たかやまさんはコンビニで買った骨なしフライドチキンを齧りながら宙を見つめて言った。湯の山線で見かけた男の子がよっぽど気に入ったらしい。

ささづかまとめ
「あんまり女の子と仲よくするタイプに見えなかったですね」

たかやまさん
「私だったら仲よくなれるとは思う。覚悟するから」

たかやまさんは下唇についたフライドチキンの衣を舐めとった。薄い唇の表面が油で光っている。

ささづかまとめ
「覚悟、ですか」

たかやまさん
「うん」

たかやまさんはうなずいてチキンの1/3くらい残ったかけらを口の中に放り込んだ。衣をかみ砕く豪快な音がする。

たかやまさん
「目線を合わせて、なんだって許してあげれば、仲よくなれると思う」

ささづかまとめ
「ははあ」

いちがやさん
「許すのかあ」

眺めていたスマホから顔を上げていちがやさんがつぶやいた。

いちがやさん
「なんでも許すのね?」

たかやまさん
「だいたいは」

いちがやさん
「デートしててお昼ごはん食べそびれても許せる?」

たかやまさん
「それは…。嫌」

いちがやさん
「そこは譲れないんだね」

たかやまさん
「ごはんは特別。食べないと生命の危機」

いちがやさん
「じゃあ、荷物も自分のぶんは全部自分で持つんだね?」

たかやまさん
「あー、うん」

たかやまさんの返事の歯切れが悪い。

ささづかまとめ
「えー? それなら持ってくださいよー、着替え」

たかやまさん
「1泊2日に着替えは要らない」

たかやまさんは旅行のときの荷物が極端に少ない。今日もライラック色の小さなポシェットを肩からかけているだけで、どう見ても日帰りの近距離おでかけの格好である。それゆえに通常であれば旅行に必須のアイテムが欠落していて、その代表が着替えである。靴下や下着すら持ってこようとしない。だから旅行に行くたびにわたしが彼女のチェストから引っぱり出す。今日もたかやまさんの着替えはわたしのリュックの中に収まっている。

ささづかまとめ
「せめて下着は替えましょうよ」

たかやまさん
「私そんなに汚れないし」

ささづかまとめ
「そういう問題じゃないんですよう」

いちがやさん
「みんな許せないねえ」

たかやまさん
「許してさーさちゃん」

ささづかまとめ
「ええ…。なんか、許される側になってますよ?」

あははと笑うたかやまさんの横顔ごしに、わたしたちの乗る列車が入線してきた。


新幹線からの乗換客が多いのだろう、荷物が多い

五十鈴川行きの特急は5分遅れの18時18分に発車した。車内の座席は半分以上埋まっている。前後で連続する席がとれたのは少し運がよかったかもしれない。
この列車には20分間だけ乗って津で下りる。なぜこんな移動をするのかというと、大阪方面に行く特急ひのとりは四日市に停まらないので、あらかじめ伊勢方面に行く特急等に乗って津まで移動しておく必要があるからだ。

わたしたちが座った席の通路を挟んだとなりには、子ども連れの4人家族が席を向かい合わせにして乗っている。網棚には小さなスーツケースがふたつ収まっている。年長さんくらいの女の子とたかやまさんが話している。女の子がなにを話しているのかはわからない。

「すごーい」
「かわいいね」
「見せてくれるの? ありがとう」
「この子はもしかして…キュアプリズム?
「ドレスかわいく描けてるね」

たかやまさんの返事しか聞こえないが、どうやら女の子は適任者に話しかけたようである。たかやまさんは元々アニメ好きとは言え、この対応力(そして微妙にキャラも声も変わっている)はすごいと思う。と同時に、男の人に対してもこんなふうに器用に接するのだろうか、と考える。きっとそうなのだろう。


たかやまさん
「ねえねえさーさちゃん」

女の子を満足させたたかやまさんが席と席の隙間から顔を覗かせて、前の席に座っているわたしに声をかける。

たかやまさん
「そういえば赤福買ってない。うっかりした」

旅行の前にたかやまさんと赤福の話をしたのを思い出した。わたしは赤福を食べたことがないので、買おうと言った気がする。

ささづかまとめ
「そうですね、津で売ってたら買いましょうか」

そう返すと「うん!」と気合いが入った。そのとなりでいちがやさんはリュックサックの中を探っている。

ささづかまとめ
「もしかして忘れ物とか…?」

いちがやさん
「ううん、そうじゃない。大丈夫だよ」

いちがやさんがそう言うのでわたしは前を向いたが、引き続き後ろからかちゃかちゃとリュックサックの中身をかき混ぜる音がする。「何か」が確実にかばんの中にあるはずなのに見当たらないのだろうか。わたしはよくある。かばんの奥底に潜り込んだ青春18きっぷを車内改札に来た車掌さんの前で探るなど。けっこう、地獄です。


鈴鹿市の実質的な中心駅である白子(しろこ)を出ると、次はもう津である。津には5分遅れたまま、18時38分に着いた。

鉄道ファンじゃなくても撮りたくなる? 漢字とひらがなでは一番短い駅名

ホーム上にはまたコンビニがあって、たかやまさんが吸い込まれていくが、すぐに戻ってくる。赤福は取り扱っているものの売り切れていたらしい。わたしも食べてみたかったので少し残念だ。微妙に不機嫌モードなたかやまさんを見て、いちがやさんが

「別に明日買えばいいでしょ? 大阪行くんだから」

と声をかけている。赤福って大阪でも買えるんだ、と心の中で静かに驚く。わたしは関西を知らなすぎるらしい。

いよいよ特急ひのとりに乗るときが近づいてきた。ホームで待っていると、ひのとりも5分程度遅れて到着する見込みであるというアナウンスが流れる。

胃腸肛門からの食道か…

ひのとりを待っている間、たかやまさんが「年下の男の子と付き合う寸前くらいにぎりぎりの友人関係を維持するにはどうすればいいか」というテーマで話し始めたが、私たちの会話の内容がだいぶひどかったのでここに載せるのはやめておく。
多少編集してなんとか問題ない感じにできないかと思って、およそ2週間悩み続けたのだが(ブログの更新頻度が下がるくらいにはまじめに考えた)、どうやってもちょっとアレな内容になるのでやめることにする。会話の最後のほうだけ少し載せてみよう。


たかやまさん
「そんな感じでコントロールして、爆発寸前みたいな状況になってる年下の男の子の友だちほしい」

いちがやさん
「妄想にしたってちょっとヤバいね」

ささづかまとめ
「実際にやったら恐怖ですよ」

たかやまさん
「別に怖くない。催眠とかじゃないし、お金も絡まないし」


と、いうわけでやはりすべては載せないことにした。たかやまさんは普通に載せてと言うけれど、このブログはわたしのブログなので、断固阻止!

早くひのとり来て!!!

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