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妖精の降る夜は。 #2020クリスマスアドベントカレンダーをつくろう



平介は二択問題が苦手だ。


「隣町でやってるLEDライト200万個のピカピカのイルミネーションと、カーバンクル。どっちがいい?」


右手と左手の人差し指を立てた彼が首を傾げて聞いてくる。

だがいかにも「こっちを選んで欲しい」と言わんばかりの視線がぐいぐい迫ってきて、わたしは苦笑いのまましばし沈黙した。選択肢の作り方があからさますぎる。せめてもう少しくらい迷う余地をくれると良いんだけど。


「カーバンクル、かな」

「やっぱり! 綾子もそっちを選ぶと思ってたんだ」


平介はのほほんとした笑顔で頷き「じゃあクリスマスはカーバンクルを見に行こう」と言っていそいそとカレンダーに書き込んでいた。そのカレンダー私の家のだから「カーバンクル」じゃなくてせめて「動物園デート」って書いてほしい。

彼の作る二択問題の正解はとっくの昔にわかっている。平介は選択肢を作るときに意図とは違う方を過剰に装飾してしまう癖があるのだが、自分ではさっぱり気がついていないのだから困りものだ。

淹れたてのブラックのコーヒーを啜りながら、毎年恒例の光景にちょっと笑ってしまった。


平介と付き合い始めて4年が経つ。

大学時代に知り合った彼はいつもぼーっとしていて表情が読みづらい。またひょろりと背が高い上に髪がふわふわの天然パーマだから、両腕を広げると手入れの行き届いていない街路樹みたいだった。

しかし決して褒めていないその言葉を「なるほど、そうかもしれない」と半ば本気で納得してしまう大らかさが人を惹きつけるのか、彼と一緒に地元を歩けば至るところで声をかけられたし、寒い夜に平介が船を漕ぐソファの隣は居心地が良かった。


クリスマスの予定が埋まったカレンダーを満足気に眺めたあと、平介はコタツに潜り込んでテレビのチャンネルをぽちぽちを回している。


「次のニュースです。東京都江東区の国立動物公園で先日公開されたカーバンクルの赤ちゃんの可愛い姿を見るため、園は連日長蛇の列となっているようです」


キャスターのお姉さんの解説とともにクリーム色の羽の生えた生き物が映し出された。10月に生まれたばかりの妖精の赤ちゃんだ。

まだ飛ぶことができないのか羽の動きはぎこちなく、周囲を飛び回る大人のカーバンクルに向かって地上から精一杯手を伸ばしている。


「かわいいね」

「うん、確かにかわいい」


私と平介は頷きあって、次のニュースに変わるまで言葉少なに眺めていた。可愛らしい動物の親子。微笑ましい光景なのに、胸が少しきゅっとする。


私には両親がいない。小さい頃に亡くなり、それからずっと根無し草のように生きている。

とは言っても優しくて気の良い叔父夫婦に育てられたし、今は聖夜の予定を確認し合う恋人もいる。なんの不自由もない日々が私の毎日を満たして、寂しさの穴は埋まりつつあった。

だけど憧れだけはなくならなかった。

ショッピングモールのフードコートを訪れるたび、近所の公園で楽しそうな声を聞くたび、友人の口から他愛もない愚痴を聞くたび、「家族」という存在への憧れが大きくなっていった。

仕事帰りの明るい空に流れ星を見つけても、冬の夜の初詣で神様に手を合わせても、誕生日に何が欲しいか聞かれても、ふわふわした子供みたいな願いがいつも顔を出す。

それを言ったところで平介はのほほんとしているだろうけど、私自身が自分の気持ちを押し付けるだけの言葉を使いたくなかった。そもそも自ら「結婚」なんて言い出す勇気がなかったのだ。


***


予想通りの長蛇の列の端っこで両手をこすり合わせていると平介が戻ってきた。


「おまたせ。あったか~いの買ってきたよ」


差し出されたおしるこを苦笑いで受け取る。珈琲でも紅茶でもコーンスープでもないそれは指先を焦がすように熱く、軽く振るとドロリと重たい感触がした。

防寒対策は万全にしてきたが、吹きさらしの広場でじっとしているとさすがに寒い。動物園のアイドルを見るための試練だと思って耐えているが、本当なら人目も憚らず平介とくっついていたいくらいだった。

クリスマスは動物園も空くだろうと思っていたのが甘かった。昼過ぎにのんべんだらりと出発した私たちに順番が回ってくるのは日暮れ過ぎになりそうで、他愛もないお喋りと温かい飲み物が時間の隙間を埋めていた。


「ねぇ、そういえばどうして動物園にしたの」

「え、ダメだったかな」

「いや私も好きだけどさ」


寒さでメガネを曇らせた平介に聞いてみる。彼は表情を変えないままうんうん唸っていた。この顔は答えづらくて言葉を探しているのではなく、うまく嘘がつけなくて困っているときの顔だと、4年も付き合っていればすぐにわかる。

平介は何かを企んでいる。しかし二択問題もサプライズも下手の横好きな彼のことだ、きっと答えのしっぽはどこかで光っているはず。そう思ってきょろきょろすると、平介は慌ててわたしの反対側に回った。実にわかりやすくて助かる。

背の高彼の脇からひょいっと顔を出す。動物園にはおなじみの立て看板が設置されていて、カーバンクルの生態や逸話について書かれているようだった。


「『願いを叶える幻獣?』」

「うん、そう言われているらしいよ」


平介は観念したのか天然パーマをへっちょりさせて言った。説明に寄ればカーバンクルはかつて幻の生き物で、実在しないと考えられていたらしい。それが近年発見及び保護、動物園で生態観察を目的とした飼育までされるようになったという。クリーム色の艶のある毛と天使のような羽、猫みたいに揺らめくしっぽが特徴で、別名「願いを叶える幻獣」。


「どうしても綾子の願いを叶えたくて、」


背中を丸めるとかえって目立つ平介の長身が低い空に突き刺さりそうだった。


「あるでしょう。俺に言えないお願いが」


こんなのときでも表情に出ないのは少しもったいないな、と思いながら見上げる。泣き出しそうな空を背景に、私は今まで彼の何を見ていたんだろう。

平介は気づいていたのだ。私が彼の隠し事を見破るように、私にも人に言えない願い事があるってことを。

じっと黙ると、彼も真似するみたいにじっと黙った。沈黙した列が一歩ずつ進んでいくけど、願いはもうすぐそこまで来ている。


「あのね、平介、」


そっと耳打ちする。平介しか聞いていないのに、いや平介しか聞いていないから心が粟立ってぶくぶくと音を立てそうだった。

重いって、思われるかな。


「なぁんだ。そんなことかぁ」


平介の大きな体が深呼吸するように上下した。それと同時に背筋がちょっぴりだけ伸びたと思ったら、今度は独り言みたいに言った。


「でも困ったな。プロポーズは春にしようと思ったんだ。もう指輪は買ってあるんだけど」


どうしたらいいと思う? と私に聞く彼は、果たしてそれがほとんどプロポーズになっていることに気がついているだろうか。いや、きっとのほほんとしたまま今日のデートを終え、明日明後日あたりに気づくんだろう。わたわたと電話をかけてくる平介の猫背を想像して、ちょっと笑ってしまった。

信じきれない私の弱さを、彼はいつだってまあるく包んでくれる。というよりもまあるい彼の隣で、私までまあるくなったみたい。


「この際だから、他に何かお願いはない?」

「うーん。じゃあおしるこを買ってくるのはやめてほしいかな」

「やっぱり! そうじゃないかと思ってたんだ」


だったらやめんかい、と突っ込むふたりの前でキラキラ輝くカーバンクルたちは愉快そうに瞬いていた。





*** *** ***




こちらの企画に参加しています。


11月の中旬、ずーーーーーーーーっと気になっていたものを買いました。

昨年ショッピングモールで一目惚れしたアドベントカレンダー。欲しくてほしくてたまらなかったにも関わらず時すでに遅すぎて手に入れられなかったリベンジマッチ、早めに探しに行ったおかげで無事に雪辱を晴らすことができました。

あとは12月のはじまり待つだけ、と少女のようにるんるんで待つこと2週間。

まだ半分も開けてません。いい子にしていなくてごめんなさい、サンタさん。欲しいものは自分で働いて買います、はい。

こんなところでも自分のずぼらが出るとは。楽しみにしていたはずなんだけどなぁ。

人ってどうしても忘れる生き物みたいなんです。あやうくこの記事の公開も忘れ…なんてことは流石にありませんでした。

だって毎日ひとつずつ公開されていく誰かの物語、それを読んだ人のささやかで美しい言葉、楽しそうなやりとり。それを見ていると忘れられそうにもないのです。

自分ひとりの楽しみはすきなときにはじめて、すきなときに中断できる。誰かとする楽しみは「すき」が掛け算になる。そんなことを思いながら12月のタイムラインを眺めていた気がします。

最後になりますが企画してくださった七海さん、また一緒に参加してくださった皆様、そしてご覧くださった皆様、ありがとうございました!


余談ですが、溜め込んだアドベントカレンダーの一気開封は、子供の頃に夢見たねるねるねるねの大人買いのような楽しみがありました。余談です。


また余談の余談ですが、本作品のキャラクターはこちらの彼らでした。



25日はもうすぐそこ。

Merry Christmas!


作品を閲覧していただき、ありがとうございました! サポートしていただいた分は活動費、もしくはチョコレート買います。