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見えないものを見るレッスン ~レッスン後の脳内座談会&自作解説~

──短編小説『見えないものを見るレッスン』前・後編に分けてお届けしてきました。お読みいただいた方ありがとうございます。ご覧になっていない方は、お読みいただけますと本文をより楽しめるかと思います。


──実際、書いてみてどうでした?狙い通りに話は展開しました?

市井:いや、うまくいきませんねぇ。おおまかなプロットはあったんですけど、出だしからもう想定と違いますからね……。

──最初はもっと違う話を書こうとしてましたよね?

市井:えぇ、まぁ。前からこんな話を書きたいと漠然と考えていたことがあって。社会人の礼儀として、約束の10分前には目的地に到着しておくべきっていうルールみたいなのがあるじゃないですか。そのことを気にするあまりに、待ち合わせの1時間くらい前には到着していないと安心できなくなってしまったという人はいそうだし、その人の行動を追ったら面白い話になりそうだなと思って。

──
確かにそういう人もいるかとは思うんですけど、その、今ひとつ面白さが伝わってはこないんですが……。

市井:まぁそうですよね。面白いかどうかはわからないですけど、そういった普通とちょっと違う行動をとってしまう人がいたら、なんでそうなったんだろうってその人に対して興味が出てくるような気がしたんですよね。なのでとりあえずその辺から書こうとしたんですけど、当然何も起こらないし、そのことを説明する文章が延々と続いていきそうだったんで、さすがに今回はその設定を生かす余地はありませんでしたけど。

──待ち合わせで相当早めに着いておきたいというのは、ご自身の話でもあるんですか?

市井:いえ、私はむしろその反対で、電車の乗り継ぎなんかが最もスムーズにいけば予定時間ちょうどに着くってくらいギリギリに出発するタイプです。

──絶対間に合わないじゃないですか(笑)

市井:間に合うこともあるんですよ。そのときの達成感が忘れられなくてやってるようなところもありますからね。でも、さすがに仕事ではそこまでひどくないですよ。普段のプライベートな話であって。まぁ相手のことを信用してるからできることなんでしょうね。

──相手からの信用はなくしそうですけどね。それはともかくとして、実際書き始めのとっかかりはどの辺だったんですか?

市井:心の中のインタビュアーと対話する話なので、話の展開はインタビュアーまかせでなんとかなると思っていて、細かい展開は最初はあまり考えていませんでした。基本的に自分が書きたい所、思いついた場面から書いていくんですけど、見せ場になる最後の場面が真っ先に浮かんだのでそこからですかね。
最後まで読んでくれた人にはサービスしたいというのもありますし、読んだ後に何か残るもの、余韻を与えたいとは常に思っているので。それから、ゴールが見えないと書き始められないということもありますね。
ただ、思いつきだけで書いてしまうので、全体の話のイメージにそぐわないことも多くて使えない文章が多いんですよね。結局書いてみて良さそうなものを選んでいくことになるんですけど、ものすごく効率の悪い書き方だなって思います。そう思いながらもどうやって書いたら良いかもわからないんで、無駄を排出しながらやってますけど。
一応、2050年までには、無駄な文章の「実質ゼロ」を達成したいとは思っているんですが。

──先の長い話ですね……。「実質ゼロ」というのもよくわかりませんし。

市井:脱炭素化でも、あれって「実質ゼロ」とかいって森林の吸収量なんかも換算してるじゃないですか。たぶん二酸化炭素の排出量を減らせなかったら、最終的には吸収量の方で調整しますよ、きっと。
だから、そういう意味では一見無駄なように見える文章も、エッセンスとしては他の文章に吸収されているから無駄ではなかった、ということになって「実質ゼロ」になります。

──何言ってるのかわからないですけど、それで、後ろの方から書きだして、最初の方はどうするんですか?

市井:当然最初の方も書きますよ。脚本でいう箱書きというか、場面ごとに書いたものを話の流れに沿って配置していくわけですけど、その場面と場面がうまく繋がらないから余計に無駄が出るわけです。そこを繋げるための文章を後から付け足して、なんとかやりくりしています。

──最初の段階で綿密なプロットがあれば、そこまで繋がらないなんてことあります?

市井:だって、プロットは頭の片隅にはあっても、基本無視して書きますから。

──えっ!?どういうことですか?

市井:想定通りに話を進めようとすると、意外性はないし、説明だけで強引に展開しようする文章になるから嫌なんですよ。まぁ、後編は若干そうなっている気もするんですけど、日記とか、作文みたいな平板な文章になってしまうので。それだったら、大して面白いわけでもない筋書きを大事にするより、社会や自分の身の回りで起きている出来事を取り込んで、そこで感じたこととか、ドキュメンタリー的な生の感情を書いた方がフィクションであっても嘘にはならないんじゃないかと思うので。

──それで赤い公園の歌や歌詞も入ってくるわけですか。

市井:えぇ、そうですね。これは本当に悲しくて……本人や当事者たちのことを思ったら言葉もないですし、答えがなくて問いだけが残るっていうのは本当にもう何と言っていいのか……。自分たちにできることといったら、届けられた歌や歌詞の言葉、そこにある気持ちを汲み取って繋いでいくことしかできないのかなと思って。普段何気なく曲を聴いていたりもするわけですけど、この一曲を生み出すまでにどれだけの時間を費やして、曲のことだけを考えて身を削っているのだろうな、と考えさせられました。そして、その一曲がどれだけ多くの人の救いになっているかということも。

──これは本当にそう思いますね。想像していたよりもはるかに多くの人に影響を与えていたんだと。それこそ目に見えないものではありますけど、人の気持ちの中には確実に残っていますよね。
それから、実際の出来事ということでいえば、山下さんという人も登場してきました。あの辺りも実際にそういう人がいるわけですか?

市井:実際にはいないですけど、普段の話し方とは違う感情が急に出てくる人っていうのはいて、そのときに感じたことをそのまま脚色してますね。
人間誰しも色んな顔を持ち合わせているから、悪い面だけがはっきりしているわけじゃないですよね。でも、本当は苦手なのに、誰でも平等に愛さなければならない、愛せるはずっていう、道徳教育の呪縛みたいなのもそれはそれでつらい気もするんです。そんな、葛藤の象徴として山下さんには登場してもらいました。

──あと、山下さんという名前の付いた登場人物が出てくるのが珍しいな、と思ってしまったんですが。

市井:登場人物に名前を付けたいとはあまり思わないんですよね。名付けるセンスがないってこともありますけど。山下さんみたいに誰かにそう呼ばれている必然性が感じられればいいんですけど、急に自分から名乗るのもしっくりこないし、愛着も湧いてこないというか。名前を与えると、ものすごく他人ごとになってしまう気がするので。これは仕事内容の詳細を書かないとか、ト書きを具体的に書きすぎないこと、肝心の彼氏に一言も喋らせていないことにも繋がりますけど、演劇で舞台セットを置かない素舞台みたいに、読者それぞれが自分のこととして想像してもらった方がいいんじゃないかっていう、想像の余白部分です。

──細部を描写するだけの知識がなかったり、表現するテクニックに乏しいことの言い訳では決してないと、そういうことですね。

市井:も、もちろんそうです。それを読んで人がどう感じるかはわからないですけど、それぞれが自分の良いと思うこと、自分のスキを押し広げていくことが、先人たちの気持ちを繋いでいくことや、ひいては文化を残していくことにも繋がっていくんじゃないでしょうか。

──自分のスキを押し広げるっていいですね。なんだかnote的にもうまくまとまりました。

市井:タイトルについても触れておきたかったんですが、そろそろ時間ですかね?

──そうですね。まだまだ伺いたいこともあるんですが、今日はここまでということで。

市井:タイトルについては、『星の王子さま』に出てくる「いちばんたいせつなことは、目に見えない」という言葉や、鷲田清一さんの著書『想像のレッスン』からの引用でもあったんですが、ご興味ある方はぜひそちらもご覧ください。
「見えないもの」について書いてきましたが、街中に溢れる広告でも、携帯端末内のメッセージのやりとりでも、あらゆるものが見えすぎるあまりに見えなくなってしまったものってなんだろう、とそのことはこれからも問い続けていきたいと思っています。
ということで、最後までお読みいただいたみなさん、本当にありがとうございました!


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