《短編小説》日暮の門
紅葉シーズンの訪れと共に、いろは坂に花嫁さんがやってきた。
《嫁取りだ、嫁取りだ》
騒ぐように風が吹く中、すっかり紅くなった楓の葉っぱが、白無垢を避けてはらはらと舞う。
(花嫁さんの顔を見てみたい……)
綿帽子から時折覗く花嫁さんの赤い唇に、僕は好奇心を掻き立てられた。
「駄目よ」
花嫁行列に近づこうとする僕の手を引いたのは、従姉妹の千秋ちゃん。
「花嫁さんのお顔は……………………」
花嫁さんのお顔は…………。
あれ?
あの時、千秋ちゃんはなんと言ったのか。
花嫁行列は紅葉をかき分けて、いろは坂の奥へと奥へと消え去っていく。
そして僕たちは、虹を見た。
「あれは多分、狐の嫁入りだったのよ」
ふふふ、と千秋ちゃんが怪しく笑う。
「子供の頃の夢を見た」と話した僕を、からかっているのだ。
「狐の嫁入り?」
「うん、だって虹を見たでしょう?きっとお天気雨だったのね」
「あぁ、なるほど…」
普段なら、そういったスピリチュアルな話しはあまり相手にしない。だがこの場所が、そんなこともあり得そうだなと思わせる。
僕たちは、徳川家康公を祀る日光東照宮・陽明門の前にいた。
豪華絢爛、計五百以上にも及ぶ彫刻が施されているその門は、いつまで見ていても見飽きない。
別名、日暮の門。
見惚れているうちに、日が暮れてしまうというわけだ。
「子供の頃は、すぐに見飽きたね」
門を見上げながら、千秋ちゃんが笑う。
「まぁね。なんてつまらない親族旅行だと思っていたよ」
僕も笑う。
「毎年、日光だったな」
「うん。たまには千葉のテーマパークに行ってみたいなんて思っていたよ」
「子供だったからね」
「そうね。学校では友達がシンデレラ城の話しをしてるのに、わたしは日暮の門の話しをしているからなんだか可笑しかったわ」
「渋すぎ」
「〝パレード〟は狐の嫁入りだしね」
「激渋」
日が暮れるまで、二人で笑っていられそうだった。
「口を慎まないと、家康に怒られちゃうかな?」
そんな風にふざける千秋ちゃんは子供の頃から変わってない。つまらなくていじける僕を、いつも笑わせてくれた。
「でも今思えば良い時間だったよね。僕たち子供はみんな小さくて可愛かっただろうし、大人もみんな若かった」
親族が日光に集まるのはいつぶりだろう。いつの間にか皆んなで集まることもなくなって、今回は結婚式のために久しぶりに集まった。
「あの花嫁行列、わたしもずっと覚えていたよ。花嫁さんがすごく綺麗だったよね」
「うん、綺麗だった。顔はよく見えなかったけど」
僕はあの後、何度かあの花嫁行列の夢を見た。
「花嫁さんの顔が見たい……」
そう思って近付くと、綿帽子からチラッと見える花嫁さんの顔はいつも千秋ちゃんの顔だった。
十歳の千秋ちゃん、二十歳の千秋ちゃん。
そして今回は「駄目よ」。
「あぁ、そっか。あの時千秋ちゃんは、『花嫁さんのお顔は式が終わるまで、花婿さんにしか見せないの』と言ったんだ」
思い出した?
千秋ちゃんが「ふふふ」と笑う。
「不思議な気持ち。憧れていた花嫁行列に、明日自分が花嫁さんとして参加するなんて」
「なにも不思議じゃない。僕はいつかこんな日がくると思っていたよ」
あら、そう?なんて戯けている千秋ちゃんは、明日、結婚式を挙げる。
残念ながら花婿さんは僕じゃない。
僕の大学時代の友人だ。
僕は二人を結びつかせた月下氷人として、花嫁行列に参加する。
「よろしく仲立ちお願いします」
千秋ちゃんが他人行儀に頭を小さく下げるから、僕は少し鼻を啜った。
豪華絢爛、陽明門。
完成したら朽ちていく。
そう心配されたその門は、柱を一本逆さにつけて、実は未完成となっている。
僕の千秋ちゃんへのこの気持ちはきっと、そういうものと似ているかもしれない。
そんなことを考えているうちに、日が暮れたのだった。
(了)
◆◇◆◇◆◇
日光東照宮に行くのは遠くて大変ですが、
不思議と何度も足を運んでしまいます。
三猿、鳴き龍、眠り猫。
色々見どころはありますが、
陽明門の素晴らしさには毎度目を奪われます。
一度ここで花嫁行列を見たことがありました。
狐ではなかったと思いますが、
化かされているのではと疑ってしまうほど、
花嫁さんはとても美しかったです。
そして先週、狐の嫁入りに遭遇。
車の中から大きな虹が見えて良い予感を
抱えていたけれど、負け試合。⚽️
そんな日もある。
三連休ですね。
良い連休をお過ごしください…♡
お読みくださって、ありがとうございます🍁
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