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【短編小説】廻らないお寿司

「ひさしぶりー、俺が返事してなかったね。ごめんよー。今も岡山住んでんのー?」

3年前に音沙汰がなくなった彼からの3年ぶりのLINE。グランドキャニオンから太陽が昇るのを見つめる背中のアイコン。変わってないんだと思いながら開くと、トーク履歴のない真新しい文章だけが乗っかっている。どんな内容の文面を私が送ったのかもう覚えていない。

「久しぶり、岡山にいるよ。まだ東京にいるの?」

なんて送っていたのか、なんで返事をくれなかったのかは怖くて聞けなかった。

「おー。俺はまだ東京いるよー。来週岡山行くからご飯行こうよ!5日の夜、みや古さん21時で予約してるから。」

嬉しいとかそういう感情は抜きにして、生きてたんだと思った。そして、既に予約をしているということは、私が何番目に誘われたのか。そんなところも変わっていなかった。私が断っても他に誘う人がいるんだろうなとも思いながら
「いいよ。」と返事をした。
特別な感情があるわけでもなかった。他にも恋愛したし、すぐ別れたけど。ただ彼には側にいてほしいだけが愛じゃない、元気でいてほしい、そう願うのも立派な愛だと言い聞かせた。

みや古さんは、彼が岡山から東京へ行く最終日、引越しの御礼と連れてきてくれた。私にとっては初めての廻らないお寿司だった。引越しの手伝いだからとTシャツとGパンで行ったことを後悔したのを覚えている。

「いらっしゃい。あら、先生久しぶりじゃが。みやこちゃんも久しぶり。どうぞ。」
大将は、いかにも回らない寿司屋にいそうなとは真逆の人で、ジョークと明るい下ネタで常に笑いが絶えないフランクな廻らないお寿司屋を営んでいる。浅草で下積みを経て、地元岡山に凱旋し自分のお店を持って、もう8年になる。あの日以来、来ることもなかったから、大将と会うのも3年ぶりではあるが、覚えていてくれてたのには驚いた。

「日高見を2合、おちょこふたつで。あ、飲むよね?」
「うん。」
震災後、宮城石巻を訪れた際に買った日高見のお酒、ふたりでよく晩酌してたっけ。
「先生、急にびっくりじゃわ~岡山で学会でもあんの?みやこちゃんも東京から一緒に来たん?」
満面の笑みで尋ねてくる。きっと大将に悪気はない。
「いえ、私はずっと岡山で、先生と会うのも3年ぶりです。」
彼が答える前に私が答えた。どんな顔するんだろう。
「ははは~そうなんすよ大将。俺ふらふらしてて。みやことも大将とも会うのも3年ぶり。」
愛想のいい感じで笑って、悪気もなさそうな感じで答えていた。
「大将おまかせで、青ものがみやこ好きだからそれは適当にいれたげて」
さらっとそんなことを言う。忘れてもいいようなことを。返信は3年も忘れてたはずなのに。
キンメダイ・アジ・ホッキ貝とひとつずつ出された順に食べていく。
彼の幸せそうな顔をみてホッとした。
「やっぱりみや古最高やわ。」
まるで私を褒めてくれているみたいで、お店と同じ名前で得したと思った。

彼が私と同じ名前のお店があるといって最後に連れてきてくれた場所。
3年ぶりでも、いつぶりでも良かった。この瞬間だけで私は満足だ。
元気でいて欲しい、そう願うのも立派な愛だ。

また何年連絡が途絶えるのだろう。

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