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【エッセイ】エリーゼ

エリーゼと言ったら、ブルボンのチョコクリームとホワイトクリームを包み込んだウエハースのお菓子か、ベートーヴェンの名曲かという2択と言っていい。(車好きならロータス・エリーゼを思い浮かべる人もいるだろうが。)

今日私がお話しするのは後者のほう。

「バガテル第25番はベートーヴェンのラブレターです。」
幼少期習っていたピアノの先生はエリーゼのためにをバガテル第25番という人だった。続けて彼女は言う。
「女性が弾くのと男性が弾くのでは音が全く違います。この教室では女の子が弾くことはありません。」

それから、高校生まで通った約10年間、その教室の発表会で”エリーゼのために”を弾くのは男の子で、女の子が弾くことはなかった。

無論当時の話で。ジェンダーが叫ばれる現代には男の子の・女の子のという類の話はよくないのかもしれないがご容赦願いたい。20年前もの話だから。

子どもの頃の私は、その少し変わった先生の言うとおりに練習してたし、彼女の言うバガテル25番の譜面を読むことはなかった。ただ名曲なだけに誰もが知っているクラシックで、もしかしたら小学生が学校で一番最初に聴くクラシックで、クラスの友達が自慢げに弾いているのが少し鼻につくことはあった。

なんでこんな話をするかというと、昨晩仕事の帰りに立ち寄った本屋さんで、中古のレコードセールが行われていて、クラシックコーナーにベートーヴェンの似顔絵が描いてあるジャケットを見つけたからだ。ふと幼少期の先生の言葉を思い出したのである。私はそのレコードを499円で購入し、家で早速流してみた。エリーゼのためにの収録箇所に針を落として。

ふむ、ラブレターにしか聴こえない。

出会いから今に至るまで(もしくは別れまで)が物語のように流れていて、ドキドキしている心拍数や少し浮かれている感じ、考え込んだり乗り越えたり。あるひとりの女性に捧げた曲というのが伝わってくる。間違いなくこれは男性から女性に贈った音だと。

先生がなぜ、私に弾かせなかったか。今になって分かる気がする。


“エリーゼのために”は、自筆譜に献辞が書かれていてそれがそのままタイトルになったようだが、人の名前をタイトルに使うって物凄く大胆で勇気がいることな気がする。小中学生の頃流行っていたあの番組の全校生徒の前で学校の屋上から告白するくらいに。(うちの学校にも来ないかなーなんて思っていたけど来ることはなかった)

そういえば邦楽でも女性の名前をタイトルにして歌っている曲がいくつかある。サザンオールスターズのいとしのエリー、かりゆし58のナナ。そしてスピッツの僕の天使マリ。

今だって君のことだけしか映らないんだマリ
まだまだ知りたいことがたくさんあるんだよマリ
僕の心のブドウ酒を毒になる前に吸い出しておくれよ
マリマリマリ僕のマリ もうどこへも行かないと約束して
僕を見つめていて

僕の天使マリ/スピッツ


言葉でも音でもやっぱりラブレターっていいなって思う。

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