ポスト・ポストカリプスの配達員 第二話

「で、少年の名前は? サガワー? ってことはこの時代にもまだ佐川救世軍サガワネーション・アーミーは存在するのかな?」
 俺はその名が出てきた事に驚いた。佐川救世軍とはポストカリプス前文明に存在した民間軍事会社であったが、郵政省が国内の通信リソースを専ら軍事利用に割り振ってからは空いたニッチを埋めるように民間向け郵便事業にも手を出し巨大コングロマリット化した。
 配達員サガワーとは佐川救世軍にあやかって呼ばれだした名だが、長い年月のうちに人々はそのことを忘れ去っていた。つまり、こいつらは本当に1200四半期――300年も昔の奴らなのだ。
「いや、佐川はとっくの昔に消滅したよ。俺の名前はヤマトだ。そして少年じゃない」
「君未成年でしょ? 17歳って測定結果出てるもん」
 どうやって測ったのかは不明だが年齢は合っていた。それでも未成年扱いとは――300年前と現代で成年の定義が違うことを俺は思い出した。ポスト・ポストカリプス世界では14歳に達すると成人と看做され養育所から追い出される。俺は事情が特殊で、10歳の頃に元いた場所を飛び出したのだが。『親』なる存在はいない。家族の営みを人類が捨ててから既に200年以上が経つ。
「……とにかく少年呼びはやめろ」
「分かったよ、ヤマトくん」
「くんもいらない」
「分かったよ、ヤマトくん」
「……」
 このアマ……。思わず引き金を引きそうになるが、それに合わせたかのようにトライが僅かにモノアイを絞ったので踏みとどまる。
「さて――自己紹介も済ませたし、もうこの銃は退けて貰えない? それともこれがこの時代の作法な訳?」
「まだ一つだけ質問がある。何故、青ポストに入っていた?」
 青ポスト――かつての戦略輸送に使われた基幹ノード。今では世界中どこに行っても存在するポストだが、青ポストだけは別だ。自己複製の際に中身まで増えるのはどうしても取り除けないバグだったが、都合が良かったのでそのまま実装された。だが機密がたっぷり含まれる物資が際限なく増えられても困る――そう判断したかつての郵政省は破壊されては困るはずの青ポストに、自己複製機能をつけなかった。代わりに破壊された場合、同郵便番号を用いているエリア内に存在する別ポストが青ポストとして機能を丸々引き継ぐ。
 存在しないはずの部隊や技術は、隠匿すべき機密の塊だろう。だが何故その大事な荷物があの文明を終わらせた厄災、『大郵嘯ポスタンピード』の最中、まさにカオスの海へと沈み込みつつあるポストの中に仕舞われていたのか。
「うーん。結構痛い所をついてくるね」
 ナツキは白い長髪の先端をいじりながらトライを振り仰いだ。
『当機体には封緘情報を開封する権限は付与されておりません』
「だよねー」
 ナツキはうーんと髪を弄って悩んでいたが、やがて顔を上げてこう言った。
「ヤマトくんの秘密を一個教えてくれたら、教えてあげる」
 うむうむと頷くナツキ。俺は損益分岐点計算モジュールを走らせ、銃を下ろした。トリガーからも指を離す。
「あら、素直だね!」
「これでも商談は得意なんでな」
 配達員は商人でもある。配達し、取引し、回収する。戦闘なんて、仕事全体からしたらオマケの様なものだ。
「ヤマトくんに最初に出会えて良かったよ。起きて酷い世界になってたらどうしようって心配してたんだ。ヤマトくんみたいな人がいるなら、悪い世界じゃないって安心できる」
 ナツキは真顔でそう言った。
「……結構酷い世界だがな」
 俺はなぜだかナツキの顔をまともに見れずに、視線を逸らしながらそれだけ言い……眉根を寄せた。土煙。ナノアイカメラが望遠モードに自動で切り替わり、映像が即座に脅威ライブラリと照合され、紅いマーカーが灯った。
『いい雰囲気の所申し訳ございません。ナツキ、ヤマト様。敵性勢力の接近を感知しました。敵性と判断した基準を述べますか?』
「プロトコル省略。第二次戦闘待機モードへ移行。以降、配達員への確認なく自律判断で防衛行動を取って」
『第二次戦闘待機モードへ移行。自律判断レベルを5まで引き上げました』
 もはや拡大せずともはっきり見えてきた。砂塵を上げながら爆走してくる、巨大戦車型ドーザー。ドーザーブレード部分には鋼鉄棘付き回転破砕機が取り付けられており、火花を散らしながら行く手にあるポストを次々と飲み込み驀進してくる! 何箇所にも取り付けられた排気パイプが一斉に火炎を放射し空を焼き焦がした!
 あれは――撤去人ユウパッカーの戦車型配達アナイアレイトシステム車、通称ハイエースだ!
 撤去人〈ユウパッカー〉! このポスト・ポストカリプス世界において最大の勢力を誇る、対自己増殖郵便ポスト強硬派の超国家組織APOLLONが抱える私設部隊!
 APOLLONは全世界的郵便ポスト完全抹消を是とするユニオンであり、その為ならば手段を問わない! そしてその尖兵たる撤去人は日夜ハイエースを乗り回し人々の糧となるポストを破壊して回る!
 ポストの中身を生活の活計にしている配達員とは犬猿の仲なのは言うまでもないことだろう!
「色んな人がいるんだね、この世界は」
「酷い世界だろう?」
 俺とナツキがそんな会話しているうちに、ドリフトを決めてハイエースがトライから50メートルほどの距離をおいて止まった。
「そこの男女と胡乱巨大建造物に告げる! 武器を捨て投降せよ! 当地区はAPOLLONの重点浄化区画である!」
 ハイエースのハッチが開き、中から拡声器を持ったモヒカンヘアーの撤去人が姿を現しがなり立てた。トゲ付きの鼻ピアス、トゲ付きの耳ピアス、トゲ付きのボディーアーマーという標準的撤去人の出で立ちだ。
「トライ、胡乱建造物だって」
 ナツキが何故かツボに入ってけらけらと笑った。
「お、女~ッ! 乳がデカイからといって愚弄は許さんぞ~!」
 こめかみに青筋を立てて撤去人が口から泡を飛ばす。棘付き回転破砕機が威圧するかのように回転し、排気パイプが炎を吹き上げた。ついでに撤去人がスイッチを押し、拡声器からも火炎放射する。ゴォウ!
「あいつらは撤去人ユウパッカーと言って、見ての通りアホの集団だ」
 俺はナツキに説明してやった。
「うーんまあ、おもしろそうだけど今はヤマトくんとお話してるし、お帰り願おうかな」
 ナツキがそう言った、その瞬間のことだった。

 ――ZGOOM!

 ハイエースが。潰れていた。
 戦車があそこまで平たくなれるものなのか。ほぼ二次元と言って差し支えない。そのくせ地面は全くも凹んでいない。ありえない。現実味がまるでない。赤い血飛沫と黒い燃料がこちらの足元にまで飛んできて、砂に吸われて丸い塊を作る。それだけは嫌な現実感をもってぬらりと生々しく光っていた。
「――え」
 その声を漏らしたのは、俺ではなくナツキだった。俺は声も上げられずただ畏怖していた。元ハイエースだった物の上空20メートルに突如現れたものを見て。
 それは、
 10メートルを超える、
 超巨大スーパーカブ。
 トライとは別の、もう一機の青いアルティメットカブが、音も無く空中に静止し、ただ緑色のエネルギーラインを静かに脈動明滅させていた……。

 ●

 青いアルティメット・カブは無音のまま垂直に降下し、ハイエースだったものを踏みにじった。
「わ、吾輩のハイエースが……部下は? 吾輩の部下たちは何処に……?」
 真横で声がしたのでそちらを見ると、乱れたモヒカンヘアーの撤去人の男が腰を抜かしてへたり込んでいた。
『申し訳ございません。当機体の処理能力では視界内に収めていた貴方を回収するのが限界でした。あの車両に搭乗していた他三名の生命反応は現在確認できません』
 トライが言った。
「あ……喋っ……? 生命……?」
 撤去人の混乱ぶりを見、冷静なトライの声を聞き、俺の感情制御モジュールもようやく仕事をし始め、喋ることが可能となった。
「あれは――ナツキたちの仲間か?」
 俺は青いアルティメット・カブを指差して尋ねた。
「いえ、あれは――」
 ゴグン……。ナツキが口を開いたタイミングで、超重量のパーツが擦れる鈍い音が鳴る。同時に青いアルティメット・カブの周りの風景が蜃気楼のように揺らめきだした。そして、
 アルティメット・カブが、爆発した。
 俺の目にはそうとしか見えなかったが、実際は違った。基礎フレームを残してあらゆるパーツが空中に配置されたのだ。パーツ同士は緑のパワーラインで結ばれている。それはまるで人の神経樹を拡大投影したような緻密さ。
 基礎フレームが自立し、湾曲した背骨部分を形成する。そこに空中のパーツ群が、殺到した。
 ガッ! ガガガッ!!
 連続する衝突音! 景色は歪み、砕け、重力レンズ効果によって空間自体がプリズムとなり赤方偏移と青方偏移で狂った虹色の光を撒き散らす! 全周囲に放出される圧倒的重力波がサハラの空に同心円上の傷を付け、周囲のポストはまるで嵐の中の木の葉のように吹き散らされる!
 パーツ群が発する冷たい緑のパワーライン光が残像を残し、宙に巨大な『』マークを浮かび上がらせた!
「あれは――アルティメット・カブ『ミネルヴァ』……私たちの、敵」
 変形が完了し、青いアルティメット・カブ――ミネルヴァがその全容を顕す。
 全高は約十メートルと、トリスメギストスより一回り小柄だ。マッシヴな機影のトリスメギストスと違い、官能的曲線が多用されたそのデザインはまさに女神的優美さを備え、青い装甲と白い基礎フレームがそれを際立たせる。だがそれは決してひ弱さをイメージさせるものではなく、むしろより巨大な力を無理やり縮退させたかのような迫力を纏っていた。背部のカウルが展開し、翼のようなシルエットを形作る。
 最後にブゥン、という音とともに顔のモノアイカメラが青く耀かがやき、はっきりとこちらを視た。

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