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【理屈と膏薬】みんながしているからもういいか。みんなが言っているからもういいか。

 どうも。いかたこです。

 「理屈と膏薬」第2回目の投稿です。「理屈と膏薬」は屁理屈をこねにこねまくるシリーズです。今回も「ひねくれてるな~」や「そういう考え方もあるのね」と思いながら読んでいただけるとうれしいです。


 もう10年以上前のこと。私が通っていた中学校には、男女ともに白い靴下しか履いてはいけないという校則があった。いわゆる「ブラック校則」とまではいかなくても、当時から少し無理のあるルールだった。

 ファッションにこだわりがあったのか、汚れが目立つのを嫌だったのか、白ではなく黒や紺の靴下を履いている生徒も多くいた。私はどうだったかな。真面目に白い靴下ばかり履いていたと思うけれど、あまり覚えていない。もしかしたら、私も校則を破っていたかもしれない。

 中学2年生の時、私のクラスでは靴下のルールを破っている人がとても多かった。そのため、どうすればみんなが守ることができるのか、学活の時間に話し合いが開かれた。先生が前に立って、生徒たちから意見を集める。
「みんなで注意し合うのが大切だと思います」
「教室や廊下にポスターを貼って、ルールを守るように呼びかけるのがいいと思います」
 みんなそれらしい解決案をそれらしく発表していた。いかにも先生が喜びそうな意見だ。黒い靴下を履いているクラスメイトが、自信満々に解決案を発表していたのが不思議だった。そんなに真面目に考えるなら、素直に校則に従えばいいのに。あの時の私もしっかりひねくれていた。

 私はみんなの意見を聞きながら、ふとこの問題を100%解決できる方法を思いついた。要はみんながルールを守れないことが問題なんでしょ? それなら注意し合うとか意識を変えるとか、そんな不確かなものではなくて、ルールそのものを変えてしまえばいい。つまり、白だけではなく黒や紺の靴下も履いていいという校則に変更する。これぞ逆転の発想!

 ・・・いや、分かります。これはすごい暴論で、とても危険な考え方。

 でも、厨二病(中二病?)全盛期だった私は、思いついた瞬間に心の中でガッツポーズをして勝ちを確信した。もちろん、誰かと勝負していたわけではないのだけれど。少し興奮気味だった私は、すぐに隣の席の友達にその案を話した。すると、その友達も「それめっちゃいいやん!」と言ってくれた。2人そろってまだまだ子ども。

 私はすぐに手を挙げて発表した。
「みんなが守れなくて困っているなら、黒や紺の靴下も履いていいことにするのがいいと思います」
 自信があったから、先生もきっと褒めてくれると思った。けれど、先生の反応は私の予想とは違うものだった。先生は呆れた顔で聞いてきた。
「じゃあ、これから誰かがルールを破るたびに校則を変えるんか?」
「いや、そういうわけじゃないです」
 別にそんなことが言いたかったわけじゃない。でも、予想外の反応に体が縮こまってしまい、反論の言葉も出て来なかった。先生の「他に意見ある人?」という言葉とともに、自分の番は終了。私はむすっと不機嫌そうな顔を見せることしかできなかった。その後も話し合いは続いていたけれど、どのような結論に至ったのか全く覚えていない。

 正直、あの時の先生の言い方は今でもムカッとする。指摘するならもうちょっと優しい言い方があったし、そもそも何でもルールを変えろなんて言うつもりもなかった。それでも、先生が言ってくれたことは正しかったと思う。みんなが願っているからといって、簡単にルールの線引きを曖昧にしてはいけない。緩んだ線は、いつかルールそのものを崩壊させてしまうだろう。


 教員として働いていると、校則にもとづいて生徒に指導することも多い。服装だったり、スマホだったり。注意をすると「みんなやってるのに」とか「みんな守ってないよ」とか、そんな言い訳で反抗されることもある。でも、みんなやっているからルールを破っていいなんてことは絶対にない。

 日常生活でも「みんなやってるから」を目にする。例えば、自動販売機の横のゴミ箱。ペットボトルやカンと書かれていても、それ以外のゴミが山積みになっていることがある。きっとダメとは分かっていても「みんながしているからもういいか」となってしまうのだろう。でも、それを許さないためのルールなんだろうな。


 そういえば、弟が同じ中学校に通っていた頃には、白の靴下でもワンポイントまではオッケーになっていたそう。今では白・黒・紺・灰色ならいいとされているらしい。時代だなぁ。10年前と今とではもう時代が違う。

 でも、時代って何だろう?
「俺たちの若い頃は上司より先に帰ることなんてなかった。夜遅くまで働いたもんだ」
「いやいや、今はもうそういう時代じゃないから」
 の「時代」。これは平成や令和のような時代そのものというよりは、「その時々の常識」、みんなの考え方を指していると思う。つまり、今は上司・部下関係なく、仕事が終わったら帰っていいと多くの人が思っているということ。

 ルールも「時代」に合わせて変わっていく必要がある。特に、校則などの身近なルールはみんながノーと言えば変わっていくのかもしれない。白以外の靴下でも履いていいとなったみたいに。

 でもさ、あの時だってみんな言ってたよ。困ってたよ。

 「みんながしているからもういいか」を止めるためのルールが、「みんなが言っているからもういいか」と変わっていく。なんか変なのって思う。そんなに単純な話ではないのかもしれないけれど。

 もちろん、今だって白以外の靴下を許すなと言いたいわけじゃない。ブラック校則なんておかしいって今も昔も思っている。

 でもどうか、みんなが言うからではなく、みんなの暮らしを良くするためにルールを改善していってほしい。最後はとても当たり前な結論に至りました。


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