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ハードボイルド映画戦記 -「シン・仮面ライダー」

子供の頃、ヒーローが大好きだった。
なんて昔語り、よく聞くよな。

でも正直、俺はヒーローものってジャンルを全くといって良いほど通ってこなかった。
ウルトラマンも戦隊ヒーローもアンパンマンも俺の心には響かなかった。
カッチカチのハードに茹でた卵を割って生まれたのが俺。俺はとびっきり冷めたガキだったのかもしれない。
そもそも「正義」という概念が面白くない。
百人殺して英雄になり、一人殺して牢屋にぶちこまれる。理解不能。
結局「正義」なんてものは誰かの勝手な都合の末に生まれた幻想だと俺は思う。

俺が昔から心奪われたのは「異形(いぎょう)のもの」だ。
それは今までに見たことのないもの、あるいは見たことのあったものを少しの匙加減で全く違う見え方にしてしまうもの。他とは明らかに違ってでたらめに怪しい光を放っているもの。
陳腐化されたその他大勢を軽くひとっ飛びして他を古びさせてしまう、そんな存在に心奪われてきた。

一つ例を挙げるとすれば「エヴァンゲリオン」がそうじゃないかな。
出会いだってばっちり覚えてる、子供の頃は誰だって見ていたであろう夕方のアニメ放送だ。きっと今だって変わってないだろう。
1995年10月4日の18:30、俺は「エヴァンゲリオン」という衝撃を見た。
ファンタジーとブレイブに溢れたその他のロボットアニメとは一線を画す陰鬱な空気感。敵の巨大生物の気味悪い生々しさ、圧倒的な世紀末感…「異形のもの」を俺はその日見た。

そんな異形「エヴァンゲリオン」の創造主は庵野秀明。
その男が「正義」がテーマの映画を作った。
ヒーローものの雄「仮面ライダー」を「シン・仮面ライダー」として復活させた。

「シン・シリーズ」は2016年の「シン・ゴジラ」のヒットを皮切りに「シン・エヴァンゲリオン」「シン・ウルトラマン」など日本特撮傑作をリメイクした人気シリーズ(エヴァはリメイクとは言えないからこのシリーズに含めるか否かは何とも言えないが…)
そして2023年3月に「シン・仮面ライダー」が公開された。
ヒーローものに興味はないと言ってみたものの俺はこのシリーズは全て劇場に足を運んでいる。
どの作品にも庵野秀明が絡んでいて、やっぱり毎度「異形のもの」を見せてくれる。
共通してるのはどの作品も皆が持ってるイメージを上手く崩す部分にあると思う。

「シン・ゴジラ」は「怪獣」という荒唐無稽な存在に対し、あえて徹底的にリアリスティックに対応する。その結果絶妙にほんの少しズレた(だけど変にリアル)リアリティが生まれてそこが新しかった。
あからさまに姿形が荒唐無稽すぎる「シン・ウルトラマン」ではそのヘンテコさ、異物感を残しつつ細部だけは入念に磨き上げ、「子供のヒーロー」というある種ハリボテ感ある存在を「美しき神の化身」とすら感じさせる見せ方がやはり新しかった。(劇中長澤まさみの「これがウルトラマン…うつくしいっ」はなかなか名台詞だったと思う)
庵野秀明のフィルターを通すことでいくらシンボリックなものでも必ず異なる質感へと変化させる様には毎度胸を踊らせられる。

とは言いつつも特撮や怪獣ものを「シン化」させるにもいよいよネタ切れにならざるを得ないじゃないか?とぼんやり思っていたところに3作目の「シン・仮面ライダー」が来た。
ましてや前作「シン・ウルトラマン」で「エヴァ色」が強い事を多くの人が口々に漏らしていたわけだ。シンに新しいものを作るのは楽じゃない。

しかし一年程前から映画館でかかりだしていた予告編を見て俺は確信した。

また「異形なもの」がくる!!

「シン・仮面ライダー」の足音は軽やかだった。
画作りは全体的にクラシカル、原作シリーズの70年代空気が真空パックされたような生々しいザラつき。池松壮亮のヘアスタイルもしっかりハマってる。
それでいてカメラワークやメカニックデザイン、仮面デザインのモダンさが絶妙にバランスをとり既に異形で新しさを感じる土台ができていた。

予告から感じ取った印象は「ヒーロー映画」というよりは仮面を被った一人の男の孤独な戦い。
「正義」なんてキラキラとしたもんじゃない、ザラついててドライでハードな何か。
それが黙々とバイクを疾走させる姿は台詞やナレーション無しでも存分期待感が溢れるものだった。

公開翌週に俺は映画館に足を運んだ。「異形のもの」をこの目に焼き付けるために。
映画館にはいつだって見たことのない何かを見に行くワクワクがあるよな。
さぁ、庵野秀明。また「異形のもの」で俺を打ちのめしてくれ。

冒頭約3分、俺はやっぱり異形のものを見た。
「シン・仮面ライダー」に俺はやっぱり見事に打ちのめされた。
まずワンカット目からの疾走感、というより暴走感。
ガタガタとふるえながら高速回転するトラックの車輪のドアップ。各カット1秒ほどで目まぐるしくシーンが展開する。
地獄から激しく届いてくるような終末感のある劇伴もでたらめなスピード感を加速させる。

謎の女性がピンチに晒されると当たり前のように「正義」は現れる。
弱き者の危機こそ正義の最高の餌でありドラッグだ。

仮面ライダーは言わずもがな正義のヒーローだ。誰だって知ってる。
弱い者を助けるために敵を倒す。やつらのパンチとキックで敵は倒れ、そのまま地面に這いつくばる。
原作を今見たらその殺陣は正直お遊戯会だが、それがお約束。
いくら庵野秀明でもお約束はしっかり守る。
でもやっぱりこの男は約束の守り方が一味違う。
もちろん50年経っても単なるお遊戯会じゃ客は満足しないしな。

疾走感あふれる敵とのチェイスシークエンスが終わると戦闘シーンが始まる。
「シン・仮面ライダー」は向かってくる敵にお約束通りパンチを見舞う。
すると敵の頭は破裂する。そう、破裂だ。そして血が水風船が割れたみたいに吹き飛ぶ

パンチ、破裂、血!
キック、破裂、血!

仮面の光る目に返り血が吹き飛ぶ。ライダーの拳にはどろりとした赤黒い血がべっとり。
構わずライダーは次々と敵を倒す。いや、倒すというより殴る。
相手の頭を地面に叩きつけて潰す。蹴りで内臓を破裂させる。吹き飛ばして四肢を引きちぎる。
抑えきれない、身体の内部から溢れ出る暴力をぶっ放す。

衝撃だった。
戦いではなく殺し。「正義」ではなく単なる「暴力」。
これが庵野秀明がクリエイトした「シン・仮面ライダー」!!

ゴア、スプラッター描写と言えばそれまでだが、正義の象徴「仮面ライダー」にこの血まみれの惨殺を組み合わせるとやっぱり新しさが生まれる。
正義の仮面は金曜日のジェイソンのような恐怖の仮面に変わる。
ヒーローものや怪獣ものがアップデートされる際に「大人でも楽しめる」や「全く新しい」というのはよく聞く宣伝文句だが、今回の「シン・仮面ライダー」は「大人でも引く」、そんな宣伝文句がお似合いだ。
またも俺は庵野秀明に異形のもの見せつけられた。

ちなみにこの冒頭の3分弱はYouTubeで公開されているから是非とも見てほしい。

映画館で見るのがベストだが、皆俺みたいにハードで暇ってわけじゃなもんな。

しかし惜しいのがこの映画のテーマがやはり額面通りの「正義」を求める話ということだ。
主人公本郷猛は敵をぶん殴れば即頭が破裂するほどの制御できない暴力性とどう折り合いをつけるか、と悩んでしまう。
結局こいつは「皆が思う正義」へと向かっていく。
最後には悪を倒すんだからずっと凶暴なヒーローがいたって良いじゃないかって思わないか?
俺は最後まであの狂ってるほどな暴力性を見ていたかった。

映画全体を通して言えば敵とされているSHOCKERがあんまり悪いことをしていなかったり、そもそも何で本郷はSHOCKERを倒そうとしているのかあんまり分からなかったり、悪の親玉が誰なのかよく分からなかったりと正直現代アレンジする際の要素が足枷になってしまっている印象を受けた。
中途半端に敵に思想を持たせるぐらいなら気風よく「世界征服!!」と叫んでくれても良いんだけどな。

巷では「シン・仮面ライダー」は結構な不評らしい。
「オタクが作るオタクのための映画」「CGが酷い」「結局エヴァみたいな設定」「テーマ性がぼやけてる」「単なる懐古主義」「庵野老害化計画」「石ノ森原作の「正義」の部分が感じられない」等々…
NHKで放送された今作の舞台裏に迫ったドキュメンタリーでの庵野秀明のはっきりしなさや、役者に丸投げしたようなラストシーンの様子がこの不評に拍車をかけているみたいだ。

でも俺は映画全体を見ても大きな不満はない。
むしろすごく好きな映画だ。
そもそも仮面ライダーに愛着もないし、逆に所詮は子供向け映画と今でも高を括ってるからかもしれない。
はたまた何だかんだ庵野秀明贔屓な部分もあるかもしれない。
俺から言わせればアメリカものの馬鹿げた格好のヒーロー映画の方がよっぽど下らない。
あれを諸手を上げて喜ぶなら今作は大した傑作になるとも思うんだけどどうなんだろう。
悪い言い方をすると元々幼稚で子供向けなんだから、もっとディテールの楽しさ(まさに血が吹きしぶ戦闘シーンやクラシカルを踏襲しつつもモダンに仕上げたメカデザインなど!)に目を向けた方がこの映画を楽しめるはずだ。

人は皆衝撃のジャンキーだと俺は思う。
ましてや子供はお話の筋なんて気にしちゃいないし、「正義」なんてただの記号としてしか考えていない。
ただ単に変な服や変形するメカやとんでもなく悪そうな悪役、最後の最後の必殺技に衝撃を受ける。
衝撃がたくさん詰まってる。だから子供はヒーローものが好きなんだ。
ヒーローものってのはそれらの衝撃をどんなタイミングで、どんな演出で出すのかを究極まで突き詰めた様式美の世界でもある。

「シン・仮面ライダー」はそのヒーロー様式美術史の現代アートだ。
でも目の肥えた現代人は嗜好性が高い、要は好き嫌いが激しいんだ。
俺だってピカソや岡本太郎の絵が落書きに見える時はある。だからもちろん「シン・仮面ライダー」を受け付けない人がいるってのも頷けるよ。
逆にいうと刺さる人には結構深くまでブッ刺さる。
ずっと子供の正義の象徴みたいに「仮面ライダー」を認識していた俺には、この映画のバイオレントな「シン・仮面ライダー」は衝撃だった。

映画の価値は誰かのレビューでは決まらない。
実際に劇場に足を運んで、大画面と大音量に包まれて暗闇の中で映画とぶつかり合って一人一人が決めるものだ。
友達や恋人がつまんないって言ったってあんたが面白いと思えばそれで良い。
金持ちや頭のいいやつが面白いって言ったってあんたがつまんないと思えばそれでも良い。

だから是非映画館に行って血だらけで暴力を振るう仮面の男を観てほしい。
かつてそいつは子供たちの憧れだった。子供たちに毎週衝撃を与えていた。
そして今、その男をあんたがどう観るか、そいつを作った男をどう感じるか、あんただけの頭で考えみてほしい。それが映画の一番の楽しみ方だ。

もし強烈に何か感じたら俺にも教えてくれ。
スクリーンの前の暗闇で、俺はいつでもあんた達を待ってるよ。

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