こんなファンタジー小説書きたい
※ 私もたまに妖精とか魔法使いとかの、こういうのもちょっと書きたい。ファンタジーです。こういう入りが好きなんです。本編はとても長いので載せていません。
◇ ◆ ◇
詰まるところ、百年が命のせいぜいといった人の子らが星の光だ永遠の光だと崇めているだけで、実際、それらの光というのは皆、揃いも揃って例外なく、母である惑星が死の間際に放った『ほろびのすがた』というのが正体であって、聖らかさどころか邪悪さもなく、ただ煌々とする力そのものとして世に在った。
邪であれ聖であれ、いずれも人が力の向きを変えている。
宿った先の命によって、自分たちの『かたち』が決まり、名前を持たない星の光は、互いに呼びあうこともない。
拡がり続ける銀河にただ水晶色の水を遣る、光の司すら星の光はひとまとめに『星の光』と呼ぶものだから、いよいよ、誰が誰だかわからない。
されど光の司はある日に言った。
『力とは誰で在る必要もないから、誰ということもないのだ。』
しかし星の光は諦めなかった。
さらさらと清かに輝き合う無数の光の内、自らこそが最も力強く輝くし、眩いのだから、分けて扱われたい。まとめてひとつではいけない。自分も嫌だし、自分の光に掻き消される他の多くの星も嫌だと言うから。
『それでは、こうしよう。おまえは、人間たちからその名を得るのだ。さあ、あれらを見なさい。』
光の司が金色に輝く腕を伸ばして『つい』と指差したのは無辺の砂漠で、時は夜、月の光が蒼く燦々と降る夜、人の子らの群れが在る。
群は『魔道士』たる超常になるために集まった人間たちで、成人の儀の折、自らの胸を自ら切り裂いて死に、『他の』命を体に宿す。鳥を宿せば空を飛び、獣を宿せば野をかろがろと駆けて、光を宿せば特別強い生き物になる。
一度死んで、他の命を宿し、甦りを経て、実の魔道士になるのだとか。
人の体を持ったまま人を超えようとする傲慢な存在を、しかしその力を、胸を切り裂く勇気を持たぬ人々は崇め、奉り、そうして、国と国の激しい戦いに好んで巻き込んだ。
魔道士たちはその名の通り、人の道を外れて自ら獣や鳥の混ざりものとなった魔道の者で、人間ではないのだから、死んでも心が痛まない。
そういう実に、人間らしい理屈で。
それで、胸を裂くのは男ばかり。
すなわち『魔道士』とは男が就く職業であって、女たちはいかに頑健で忍耐強い男を生み出す器として優れているかの点においてのみ尊ばれた。
『これらは、生まれ持った名前を自ら捨てる。わざわざ、他の誰かになろうとするのだ。捨てられた名前は、行き場をなくして呪いになる。これらの名前の数だけ世に呪いが生まれる。おまえは、次に捨てられる名前を名乗るのだ。おまえはその名を我がものとして名乗り、最も勁き呪いとして人々の上に降り、その名を広く知らしめよ。』
星の光にはものの善悪が分からない。
捨てられる名前を名乗ることが、いかに自分の存在を貶めるかすら分からない。
光の司は、名前を欲しがる星の光が『捨てられるような名前は嫌だ』とか『呪いになるのなどごめんだ』と断ると信じて問いかけたが、遥か遠い遠い銀河の果ての向こうから永遠に拡がり続ける闇をまっすぐ、幾星霜も孤独に飛んできた『ほろびのすがた』はその強烈な光が故に誰にも汚されぬまま無垢で、愚かだった。
『では、よし。見なさい。そこに女がある。この世で初めて魔道士になる女だ。あれは、子を産めない。今宵群を追われたから、間も無く砂漠の魔物に襲われて死ぬはずだった。だが、たった今、お前ののぞみは、あれの運命をねじ曲げることになる。』
光の司が示した先の女は砂丘が落とす紺色の陰から陰へただひとり、一振りの剣だけ携えて走っている。
その足跡をひたひた、追って、振り返るたびにひとつ、またひとつと増えてゆく魔物の影。女がいかに優れた剣の使い手であったとしてもかなうまい。
星の光も、光の司も、ただ女が魔物に取り囲まれてゆく姿を黙って見つめていた。人の世界のことだから。
追い詰められた女が剣を掲げて唱える。
「おお、星の光よ、天の子よ! 我が名はオルテンシア、大魔道アストロが娘、闇の巫女リンドラが娘! 星の子よ聞け! 我が名はオルテンシア! 清らたる血、我は気高きオルテンシア! 今ここに、我が名を棄て実の魔道士とならん! いざ!」
剣の縁が銀色にきらりと光を一粒走らせて、さっと翻って額をかすり、ぱくっと傷口が生まれて、かと思うと、オルテンシアと声高に名乗った女の胸に深々突き刺さった。女ではない誰かが意思を持って突き立てたようにすら見えた。
どうと倒れ、血飛沫が夜の砂漠を黒々と点々。
光の司がそっと、女の胸から剣を抜いて星の光を促した。
『さあ、お前はこれから、この女と共にあるのだ。この女の古い名前を持つ【わざわい】……それがこれからのお前なのだから。』
星の光は勢いよく血を吹き出す女の胸にそっと足を踏み入れかけ、思い止まって、額側から入り込むことにした。瞳に近い方が、より一層、世を見渡すには相応しいような気がしてならなかった。
『では、オルテンシアよ……幸いあれ、お前の命は、その名と共に。』
星の光、すなわち、新しきオルテンシアが女の額からスッと身体中に満ち満ちて繋がってしまうと、光の司の声も姿も全く認知できなくなる。無限の星空を見上げて、寂寞や寂寥がなんたるかを、オルテンシアはこの時はじめて受け止めた。
女を取り囲む魔物たちは、魔物とは言うが、人の姿をしたまま、実際のところは魔にもなり損ねた邪な何かだった。悪い妖精とも、瘴気とも違う。中途半端に悪い人間とでも言おうか。
彼らは皆、それぞれに獲物を構えじりじりと無言だった。
操のため自害したかのように見えた女が起き上がったのだ。傷一つなく。
乳房がまろびでた姿のまま、内側から輝き出す眩い瞳をして。
そのうち一人が、試し合う沈黙に耐えかねて『ヤッ』とばかりに飛び出した。女の体がひらりと避けて、自身の胸を貫いた血で滑る剣で返す。
屈強な男の骨すら溶かして斬り払う、正に魔剣、あるいは祝福の剣。
臓腑がボトボト砂を汚して、そこからは早かった。魔物たちが一斉に躍りかかる中、女の足元の砂はちらりとも舞わず、乱れず、踝は美しいまま。
鋒から血の滴が珠になり、闇に冷え込む砂へ吸い込まれていく。
程なくしてその血を源にして、別の魔物が生まれるだろう。今夜の月は力が強い。自分を追い出した群でも、新しい魔道士たちが生まれるに違いなかった。
群。
女は自分の掌を、迫りくるほどの満月に翳してみた。
どうにも、感覚が違った。
携えた剣が血脂で曇っている。
群を追われることが決まって、唯一持ち出しが許された一振りの剣。
戦うことを見越して与えられたのではない。自害に用いるための剣。今までの群の中での功績を称えられ、せめて立派な最期であれと、一族の弥栄こそが自らの全てと信ずる父から渡された、美しい剣。
母は子を産めない女を生んだ報いとして、自分が群を追われた同日に殺された。
感覚が違う。
呼び寄せた星が、私の体の中にある。
指先まで今、星の力が滔々と、淀まず、腐らず、流れ巡り、そして満ちている。
目蓋を伏せて深く吸い込んだ息、肺臓のなんと軽くなんと健やかなこと。
『レミア』
パチッと目蓋を開く音が夜に響いたかとすら思う。頭蓋の裏に閃く光と声。
天啓。
星の力を宿したからには、力に恥じぬ名を持たねばならぬ。
レミア。
生まれ変りし、レミア。
『おお夜よ聞け、剣よ聞け。我が名はレミア。生まれ変わりしレミア。汝はこれより、レミアの剣。よく働けよ、我が命、我が操、我が名を守る、其方の名前はレミアの剣だ。』
掲げられた剣の鋭い切っ先に月が光っている。
いっぺんの歪みもない、真、全き月である。
女、レミアは歩み出した。
自分を『弱きもの』として追い出した、あの群を追って。
母を殺した、あの群を追って。
憎しみに身を委ね、皆殺しにせねば気が済まぬ。
さらば。
ああ、さらば気高きオルテンシア。
その名は、それより勝るものなきわざわいとして、月の全き夜、子を産めぬレミアより、生まれた。
(本編へ)
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