お金もヒット作もない小さな出版社を、陰で支える営業スタッフ

小零細の出版社には、お金がありません。 当たり前です。
なので、山手線の車内に何百万もかけて新刊の広告を打ったりできませんし、テレビ局とタイアップしたり、芸能人を使って本の宣伝なんてできません。 それでヒット作もなければ、世間だけでなく、書店員からも認知されません(中には本当にものすごく本好きで守備範囲の広い書店員からは認知されていますが、本当にごく僅かです)。それが現実だし、まあ資本主義社会なら当然だと思います。

昔、某書店チェーンの社長さんに、何かのパーティーでお会いしたときに名刺交換した際に、僕の名刺をもらったその社長が首を傾げ「何屋さんですか?」と真顔で言われて、「え…? あの出版社ですが…」と、なんか馬鹿にされたようで、すごく嫌な思いをしたことがありますが、あとで思うに、僕のその出版社の名刺には、「営業部」とか「編集部」とかの部署は書いてなくて、役職もなく(まあその時は平社員でしたし)、僕の名前だけだったので、その社長はそう言われたのかもしれませんが、小さな出版社だと、そもそも部署を明確に分けるほどの社員もいなくて、いろいろ兼任で仕事してますから(今現在の僕は、社長兼編集兼宣伝兼営業ですね)、何も部署名の書いてない名刺も珍しくはないはずです。ということは、その社長は部署も分けられてないような小さな出版社の人とはほとんど名刺交換したこたがなかったのか、本当はあっても馬鹿にして、ろくに相手にもしない人なのか。いずれにせよ、その社長がよく知っていて売れている本を出している出版社だったら、そんな対応はしなかったでしょう。

認知されていない以上は、ヒット作をどこかでバーンと当てるしかない。でもなかなか当たらないので会社にお金も残らない。結果、生産部隊ではない営業サイドには、お金をかけることができない。

小さな出版社が陥る経済的な状況です。お金をなるべくかけないで、それでいて常に成果の出る仕組みを作らなくてはならないのです。

これが、本当に地味な作業なんです。
根気が要ります。編集者みたいに、どんなに辛くても本が出て形としてこの世に残れば、世の中の目にとまり、著者からも感謝され、もしヒットすれば会社からも、業界の中、そして社会的評価も高まり、その編集者の明確な実績としても評価されます。

それとは、まったく違うのです。出版社を陰で支えている営業スタッフの苦悩は、編集者にも、編集者あがりの経営者にも見えません。

どうしても新刊の指定配本しなくては営業スタッフとしては困る都内の有力な書店に、たまたまあまり出版社の営業に快く対応してくれない、忙しくていつもイライラしているような書店の仕入れ担当者がいたとします。書店に行ってもなかなかつかまらず、つかまったとしても、ヒット作などほとんどない小さな出版社の話など30秒ぐらいしか聞いてくれません。営業スタッフは、それでも通い続け、店頭で先を越されて、他の有力版元の営業がなかなか話が終わらないのを足が棒になっても待ち続け、やっと話ができて、そして、もらえた注文が1冊、多くても3冊だったりすることも珍しくありません。そのためにかなりの時間と労力を費やしているのです。
しかも、その1冊や3冊が売れないことが、良く見積もっても50%ぐらいあります。
売れないと、次の本が出るときに、そのイライラしている、常に忙しくて小さな版元の相手をする時間などないと考えている書店の仕入れ担当者に、それでも注文をくれた、その書店の仕入れ担当者に、なかなか爽やかな気持ちで、また声をかけることはできません。辛いのです。心苦しいのです。実績がない出版社の本を、それでも仕入れくれた書店員に申し訳ないとも思うからです。

でも仕事ですから、売れる可能性がある書店ならば、そこは行かねばなりません。

さらに言うと、どんなに実績のない出版社の本でも、ちゃんと話を聞いてくれて、なるべく良い場所に置いてくれて、それが売れなくても出版社のせいにしないで、自分の力不足、書店の力不足で申し訳ないと思うような書店員もいます。
でも、そんな書店員が出してくれた注文が売れないと、営業スタッフは、もっともっと心苦しいのです。本当に申し訳ございません!と、泣きそうになるのです。

編集者には、そのことが分からない。
「売れないのは目利きがいない。書店員のレベルが下がった」などと書店員のせいにする編集者も、そこら中に沢山います。それだけでなく、その営業スタッフにも「なんでこの書店にうちの本が置いてないの?」などと平気で責める編集者もいます。
まあ話は簡単で、営業に行かなくても、売れる本が過去に何点も出ている出版社ならば、突然訪問したって書店の対応も違うし、訪問営業しなくたってFAXだけでも、かなりの書店が注文してきます。まあ取次の段階でかなり仕入れてくれますし。
編集者はどうしても書店に置いてもらいたいなら、売れる本を最低でも年に2点ぐらいは出さないと、なかなか書店営業をする営業スタッフの苦労は報われないのです。

まあ、いいです。
この手の話は正直あまり好きではありません。
生産性がないですし。恨み節になってしまいます。

書店営業の話だけでも、日陰の苦労人である営業スタッフですが、書店営業だけでなく、他にも、例えば日々の書店情報の更新もかなり地味です。
金があれば、かなりの書店情報も売行き情報も買えますし、FAXも金をかければ、業者に発注して、版元がいちいち書店情報を社内で更新しなくても、最新の情報で全国の書店にFAXできますが、結構高くつきます。なのでなるべく金をかけないで成果の出るFAXをしなくてはなりません。
FAX機能だけ業者のFAXソフトを使って、FAX番号は社内で整えられれば結構安くできます。ただ、書店はしょっちゅう閉店したり開店したりするので、FAX番号を常に更新しなくてはなりませんし、そもそも独立時には書店のFAX番号リストすら無いので、知り合いの出版社の人から譲ってもらったり、買ったりして、でもそれだけだと不十分なので、さらにそのリストを更新したり、自分の出版社の本のジャンルに合わせてカスタマイズが必要です。これを社内でいっきにやるのは大変です。時間がかかります。FAXだけは書店のホームページでも公開していないところが多いので、電話で聞くか、直接訪問営業したときに担当者から名刺をもらって、それを社内の書店のFAX番号リストに日々追加修正していく作業が必要です。
これを毎日やり続けると、3年経てば、かなりのリストが出来上がります。
すごく地味な作業ですが、ある程度ちゃんとした書店のFAX番号リストが作れれば、かなりの成果が出ます。業者に頼む金額がFAX送信だけになれば、例えば月2点とか新刊を出している出版社ならば、年間何十万もコスコ削減になります。

しかし、これも、この努力も、売れる本、書店員が注文したくなる本のチラシをFAXしないと、この営業スタッフの苦労は報われません。FAXしてきたって欲しくなければ書店は注文出しませんし。当たり前です。

上記は、ほんの一つの営業スタッフの地味な努力の結果の一例ですが、こんな日々の努力など、ほとんど顧みられないです。やった者にしかわかりません。それが現実です。

だからこそ、営業を一度三年ぐらい経験してから編集者に、そして独立して出版社の経営者になったほうが、私はいいと思います。

ただ、誰でもそういう流れで独立まで行けるわけではないので、編集者だけ経験してから独立する人は、独立する前に、なるべく営業スタッフの日々の細かい努力の部分も具体的に知っておいた方がいいです。
それも必要ないという人は、本当に食っていけるだけの売れる、儲かる企画と、経済的にも支援してくれる著者や資産家から、支援の約束を取り付けてから独立した方がいいと思います。

まあ、現実は、それが一番成功への近道ですね。
僕は、書店で7年、出版社の営業部で15年、そのあと営業兼編集で働いてからの独立だったので、著者の人脈は少ないです。でも、だからこそ、営業や販売管理や物流などのインフラの力を強化して、ヒット作や著者に頼りすぎない出版社を作ろうという方向性で進んでいます。
まあ、著者の人脈やパトロンがいるのに比べると、やはり地味で、なかなか儲からないですが、それでも浮き沈みは少ないとは思います。

いずれにせよ、簡単には行きませんがね。
昨夜もいろいろと考えて、寝た後も、夢の中で、版元の経営について考えている夢を見ました(笑)。

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