組織進化とキャリア自律について~ティール組織とプロティアン・キャリアとの出会い~


はじめに

ある出来事がきっかけになって、組織進化のことについて少し書いてみたいと思いました。「ティール組織」は、原始的な組織から先進的な組織へ進化のことを言っていますが、進化する主体が何なのか、うまく説明できた文章に出会うことはほとんどありません。一つは、そこの解像度を上げて書いてみたいと思いました。もう一つはグリーン化する組織に辞める社員といった現象に対して、それをキャリア自律の観点から捉えなおすことはできないかと思った次第です。

きっかけとなったのは、先日オブザーブさせていただいた、ある日系大手企業の管理職向けの研修です。まる2日間のガッツリのマネジメント力強化研修の最後に、「イノベーションを起こせる組織とはどんな組織か?」という問いで、2時間のグループワークがありました。そのワークの発表の場面で、あるグループが「ティール組織」について話し出したのです。発表者の方は、「自律型経営」という言葉は使われていましたが、最後まで、「ティール」という言葉は一切使わずに、権限や責任の所在、情報の流れ、意思決定の方法などについて説明されました。「ティール」というコンセプトが独り歩きする言葉を使うと、必ずその時点で嫌な顔をする人が出てきます。あえてそれを使わないというのは、「分かった人」という印象を持ちました。そして、プレゼン自体も見事だと思いました。ゆくゆくは管理職や経営層もなくしていくということもしっかり話されていました。管理職研修においてです!その矛盾に対抗できる勇気に対する称賛もさることながら、聞いている側の態度にも組織の特徴が出ていました。研修の対象者である30名弱の管理職が、他のグループの発表にも増して、そのグループのプレゼンを真剣に聞いている空気が伝わってきました。後の質問にかんしても、自主的に手を挙げる方がもっとも多かったのもそのグループでした。グループワークのテーマは「イノベーションを起こせる組織」でした。ただ単に、目新しいから興味を持って聞いてしまったというより、本当にイノベーションを起こそうと思うのなら、組織構造から変えていかないといけないという、そこには暗黙の合意があったように感じました。

これがベンチャーや中小企業ならともかく、社員が何千人といる、名前を聞けば誰でも知っているような企業です。確実に、時代とともに企業が変わってきたと思いました。なぜなら、「ティール組織」で言われる、レッドやアンバーでは、もう人が採れないからです。最近は、「ゆるい職場」という言い方をされることがありますが、そこに働く目的が見いだせない、成長機会が感じられないという人は短期間で会社を辞めてしまいます。これは、明らかに「グリーンの罠」現象です(このことは後で書きます)。コロナ禍を経て、組織は一気に「グリーン化」が進みました。いま時代は、ちょうど、オレンジとグリーンの中間にあるような気がします。その進化が確かなら、数年先には正規分布の平均値はティールのゾーンに入ってくるはずです。その頃には、ほとんどの組織にはマネージャーがいなくなって、いわゆる自主経営(セルフマネジメント)のスタイルが一般化しているのでしょうか。いま強化していることが例えば10年後には全部ご破算になるのですから、このことは真剣に考えなくてはいけません。

「ティール組織」における組織進化と進化の主体

下の図は、「ティール組織」で言われる、組織の発達段階を示した図です。ネットでググれば、この種類の図はたくさん出てきます。


HR Trend Labのページより

しかし、この図では、進化の主体は判然としません。一つの組織がレッドからティールまで成長を遂げるという意味なら、分かりやすいのですが、実際にそんな組織は聞いたことがありません。それをもっと分かりやすくしたものが下の図です。企業の数を正規分布で表し、左から右に、横軸に時間の流れをイメージしています。例えば、戦前はレッドの企業の数が最も多く、その数のピークが時代と共にアンバー、オレンジ・・・、と移り変わってきているということを意味しています。ですので、進化の主体は、組織ではなく、「時代」です。そういう意味で、いま、私たちは、オレンジとグリーンの中間の時代に位置しているといういい方をしました。


進化の主体の概念図(時代と共にピークが移り行くさま)

オレンジのパラダイム

オレンジのパラダイムの象徴は「機械による制御」です。「機械」がメタファーという言い方もされます。それをもう少しかみ砕いて説明したいと思います。オレンジの組織の駆動メカニズムの代表が「目標管理」になります。このパラダイムは「予測可能」が前提にあるため、多くの企業は5年間といった中間計画を持っています。立派な経営理念を持っていることも多いですが、理念とパフォーマンスの関連性が薄いため、社員への浸透度が低い傾向があります。MBOなどの目標管理を主体とした人事制度の導入が進んだことで、社員は成果を中心に評価されます。また、社員の日々の行動は、上司によるフィードバックによって制御が行われます。良い行動にはポジティブ・フィードバック(褒める・是認、など)が与えられ、ふさわしくないとされる行動にはネガティブ・フィードバック(自省を促す、など)が与えられます。これは、サイバネティクスという、1930年代にノーバート・ウィナーによって提唱された機械制御理論を人間にあてはめたものです。当時は人間機械論といわれ、テイラー式を代表として、瞬く間にマネジメントの主流となりました。そして、この目標管理における方法論、つまり、ゴールと現在地の差分を埋めるアプローチは、多くの分野で人類の成果・達成の実績を作ってきました。ただ、人が人を管理するシステムのため、管理する側には、高いマネジメントスキルとマインドセット(心構え)が要求されます。

ティール組織における「パーパス」

ティールの場合は、人が管理するのではなく、言ってみれば「パーパス」が管理します。「パーパス」のことをビジョンや経営理念と同じだと捉えている人が多いようですが、それらはまったく違います。ビジョンなどは一種のゴールであって、近い将来の達成目標です。企業の「ありたい姿」を指します。一方、ティールにおける「パーパス」は、ガイディング・スターとも呼ばれます。それは、海上を航行する船舶にとっての北極星の存在を意味します。自分たちがどう進むべきか困った時、空を見上げればそこには北極星があり、それによって進路が定まるというものです。「自分たちが本来提供すべきものはなんだったっけ?」、ティール組織では、メンバー間で、常にこのような会話が発生します。この、到達したくても永遠に到達できない目標を、ティール組織では、「エボリューショナリー・パーパス(進化する目的)」と言います。進化するための目的ではなく、自ら進化していく目的のことです。ティール組織では、人と人との関係性において、常に「パーパス」は進化し続けます。ホームページ等で経営理念を掲げるティール組織はあまりありません。それは、こういった理由によることが多いのです。余談ですが、『ティール組織』の著者、フレデリック・ラルーも、ティールにおける組織運営のことを航海に例えて説明することがとても多いです。「一緒にティールを始めよう(正確には「セルフマネジメント」と言いますが)」という時には、必ず、「チケットを手渡す」という表現を用いています。

グリーンのパラダイム

オレンジ組織の説明の流れでティール組織を説明したため、グリーンのパラダイムの説明が前後しました。グリーン組織は、他のパラダイムの組織と比較しても、もっとも「人」に焦点が当たったものになります。人間関係、仲間意識、多様性、協力関係などが重要視されます。ただ、グリーンについては、いわゆる「グリーンの罠」を紹介しておいた方がいいでしょう。

①ひたすら会議する
多様な価値観を重視するために、それぞれの個性を知るための「聴く」場が多く持たれる。放っておいたら、予定表が社内ミーティングだらけ、チームセッションだらけとなってしまう。

②行動の後押しを求める
多様な意見を尊重するあまり意思決定ができず、他の人に後押ししてもらわないと前に進めないという状況が生じやすい。

③課題解決が難航する
多様な価値観を尊重するため、ボトムアップを中心として、できるだけ多くの人の意見を集めようとする。そのため、収拾がつかなくなり、何度集まっても、結局、「決まらない」ということが繰り返される。

④熱量の低い様々なプロジェクトにあふれる
メンバーの「総意」によって決まったプロジェクトであるだけに、そこに熱量を割ける人が出てこないという落とし穴がある。そこで起こるのはタスクの押し付けであり、永遠に手が付けられることのないプロジェクトのリストアップ、という事態になりがち。

『自主経営組織の始め方』内の嘉村賢州さんのコラムから、小林が加工・要約

コロナ禍を挟むようにして、企業は次々に人的要素の改革に取り組んできました。人的資本経営、ダイバーシティ経営、テレワークなどの働き方改革の実践、社員エンゲージメントの重視等々。マネジメントの強化だけでは太刀打ちできないことが分かったオレンジ組織もどんどん、グリーンの要素を取り入れてきました。となってくると、当然、オレンジとグリーンの2つのパラダイムの間に挟まれて、もしくは、ダブルスタンダードを押し付けられて、方向性をつけられなくなった人をたくさん排出しました。マネージャーになりたくない人の大量出現もこの結果と無関係ではありません。一方で、若者は、上で挙げたような、何も決まらない、決められない「グリーンの罠」を目の当たりにして、失望し、成長機会を求めて会社を去っていきます。

キャリア自律

ティールのパラダイムに向かって、何が一番重要になるか、それは「自律」だと思います。いま、日本では、一人一人が自らのキャリアのオーナーシップを持つという意味で「キャリア自律」が大切だと言われ始めました。その中でも、「プロティアン・キャリア」というキャリア理論が注目を集めています。1960年代に、アメリカの心理学者、ダグラス・ホールによって提唱された理論です。その頃までは、アメリカの企業にも定年制があり、終身雇用が一般的だったと言われます。しかし、相次ぐ大企業の倒産をきっかけに、自分のキャリアは自分で責任を持つ、「キャリア自律」の重要性が説かれるようになっていきました。今までは、会社に任せていれば、キャリアは会社が作ってくれた、しかし、これからは、会社任せにはできない、ということです。それは、会社に属していても同じです。会社にとって価値のある人間でなければ雇用継続も覚束ないということです。

ホール教授は、1976年に出版した『Careers in Organizations』という本のなかで、初めて「プロティアン・キャリア」について触れました。2004の論文、『The protean career: A quarter-century journey』では、その必要性が以下のようにまとめられています。

・倫理的に難しいビジネス環境の中で、あらゆるレベルの個々の従業員が強い内的な''コンパス''を持つ必要がある。
・雇用主が助けてくれない際、個人が自身の価値観に基づき行動できるようにするためには、人々が自分のキャリアを管理するためのリソースと能力を持つことが必要である。
・そして最後に、社会として、満たすべきニーズやなすべきことがたくさんある中で、すべての人が成長、達成し、自分の可能性を最大限に発揮し、他の人のために貢献することが必要である。

Hall, D. T. (2004)『The protean career: A quarter-century journey』

この時代の空気をよく表したのが、ケネディ大統領の就任演説です。その一部を以下に掲載しています。この「国」という言葉を「会社」に置きかえて読んでみてください。「自律」とは何か、その本質がよく分かると思います。

世界の長い歴史の中で、自由が最大の危機にさらされているときに、その自由を守る役割を与えられた 世代はごく少ない。(中略)

だからこそ、米国民の同胞の皆さん、あなたのがあなたのために何ができるかを問わないでほしい。 あなたがあなたののために何ができるかを問うてほしい。

ケネディ大統領の就任演説

ティールの世界であってもどこの世界であってもフリーライダーは歓迎されません。

さいごに

個人に対して「自律」が求められるようになったのは、外的な環境の変化だけによるものではありません。戻ることのできない、大きな時代の変化によるものです。それを組織の進化だと、一部を切り取って見るだけではいけません。時代を見ようとするなら、ティールのずっと先を見据えていかなければなりません。北極星をガイドとするかの如くです。


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