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羽賀翔一インタビュー「伝えたいものは何もない。だから、描くことで伝えたいものを見つけたい。」

コルクの佐渡島庸平(サディ)がキャプテンとして運営している「コルクラボ」にはさまざまな部活やプロジェクトがあり、その一つに漫画家・羽賀翔一さんの活動を応援する羽賀部があります。

今回は、羽賀部のメンバーが羽賀翔一さんを囲み2月21日に開催した(かなり遅めの)新年会の様子をお伝えします。場所はいつもの「根津カレー Lucky(ラッキー)」。マスター緒方さんと奥様も交えて2時間ノンストップで話した内容は、他では聞けない『宇宙兄弟』アシスタントとしての話や、過去作品のアナザーストーリーが満載。ぜひ、おすそわけしたい......!という想いを胸に、一気に書き上げました。それでは、どうぞ!

◇ ◇ ◇

伝えたいものは何もない。だから描くことで伝えたいことを見つける。
『宇宙兄弟』小山宙哉先生に、楽しく描くことの大切さを学んだ。

◇ ◇ ◇

1. 描くことで、普段見えていないものに気づく。見え方が変わる

ーー最近、twitterにスケッチブックス(電車内でのラフスケッチ)を投稿していますね。デジタルで描いているんですか?

スケッチブックスは iPadとアナログ(紙とペン)のどちらでも描いています。iPadの絵は、電車の中で3枚を15分くらいで描きました。アナログの方は、いったん記憶して、あとで描いたものですね。

ーー何を考えながら描いているんでしょう?

絵を描くときに周囲を見渡して観察しますよね。それから描く。そうするとそのとき初めて認識するものがかなり多いと気づきます。だから、毎日たくさんのものを取りこぼしながら過ごしているなぁ、と。絵を描いて初めてそのとりこぼしに気づくんですよね。

たとえば電車のSOSマークとか。

もちろんSOSのマークが視界に入ってきたことはあります。でも意味までは理解できていません。ただ、そこにSOSがあることを認識すると、人やモノの見え方が変わるってくるんです。

ーー描く人は、どうやって決めるんですか?

パッと目に止まった人ですね。何も考えずにとりあえず描くことがほとんどです。

投稿する時にどういう文を添えたら面白くなるかな?とは考えてはいますね。イラストだけだと情報量がとにかく少ないので、一言添えるようにしています。なんとなく描いたものをどうやって面白くするかという演出を、後出しジャンケン的に足すものが、漫画ですからね。

2. 伝えたいことは何もない!?

ーー漫画を通して読者に伝えたいことは?

伝えたいことは何もない。これだけは言わねば、というものもない。でも何かしら伝えられることはあるはず、と思って描いています。だから、今の僕は、お題を打ち返すという方が向いているのかもしれないですね。

だんだん年齢を重ねていくにつれて、自分が伝えたいことが見えてくるはずと楽観的に考えているんですよね。そうなった時にどういうものが出てくるのかな?と自分でも楽しみにしています(笑)

ーー羽賀さんの漫画はヒーローが大活躍するという話ではなく、日常を一コマ 一コマ丁寧に見ていく話が多いですよね。それは、伝えたいことがないことと関係しているのでしょうか?

僕は良い本を読むと、脳がすり替わる(updateする)感覚があるんです。新しいフィルターを手に入れたというか。それが僕の中の理想の本。そういう漫画を描きたいと思っています。

なので、日常を切り取ったものじゃないといけないというわけではなくて。ただ普段触れている景色や、当たり前と思っていたものの中から、新しい情報を拾えるようになる。僕の本を読んでもらったときの一番のお得ポイントも、そうなると良いなぁ、と。

どこか旅に出て、自分を見つけるということではなく。同じ場所にいて同じ景色にいて、自分は変わっていないんだけれども、違う場所にいると感じる。そういう力を持ったものを描きたいですね。どうやったらそれを描けるのかは言語化できていないのですが。

ただそれはファンタジー漫画を描いても、着地点を似たものにはできるはずです。逆に、差分が大きい方がエンターテインメントとしては楽しみが大きくなる、という仮説があります。だから、佐渡島さんはファンタジー漫画をいつか描けるんじゃないかと言ってくれています。

3. 技術を磨く。そして伝えたいものを見つける

ーー羽賀さんは『宇宙兄弟』のアシスタント歴が約3年と聞きました。今も続けていることに驚く人もいると思いますが、小山先生とのエピソードや、感じたことなどを教えてください。

少し極端な言い方かもしれませんが「キャラクターを大事に大事に描いていくと、特別なストーリーはなくても読者は楽しめる」という意味を理解できるようになりました。

今は『宇宙兄弟』のスピンオフ漫画を一緒にやらせてもらっているのですが、ちょっとした表情や喋り方について、 このキャラはこうだよね、ここが違うよね、いうアドバイスをもらっていて。

これを繰り返すことで、キャラクターたちをわかるようになりました。読者は出来上がったものしか触れられない。そこまでの試行錯誤や、ネタを捨てる過程はわからない。でも今、小山さんと僕がやっていることは、漫画のラリーです。これは一部に公開する可能性があって、もし実現したら『宇宙兄弟』ファンの人はもちろん楽しいと思うし、漫画の作り方が言語化されるので漫画家志望の人にとっても参考になると思います。

伝えたいことがあるということは、もちろん良いことだと思うですが、それ以前に読ませる技術がないと成立しないと思っていて。僕の場合は伝えたいものもないので、技術を追求していく中で、自分が伝えたいことを見つけたいと思っています。

ーー羽賀さんは『君たちはどう生きるか』を描くために一度小山先生のアシスタントをお休みして、また戻ったんですよね。お休みをはさんだ前後で、何か変わりましたか?

そもそも自分に技術がないので、以前は何がすごいということすらわかっていませんでした。トーン貼りの作業とか。でも戻ってみたら、どんどん新しいことに気づきました。

なんと言っても小山先生はすごい一番すごいところは、漫画を楽しく描く工夫を怠らないことです。

たとえば、昔、小山先生のスタジオではアシスタントたちも一緒に、テーマを決めて自撮り写真を見せ合う、という遊びがありました。テーマは、サイコパスとかキモオタとか(笑)コスプレをするわけではないけれども、表情や照明、それっぽい服装で表現していました。ただアプリを使うのはNGだったかな。

で、圧倒的に小山さんがうまかったんです。それが結局、漫画の演出につながっていました。

キャラクターたちはコマに出てきた瞬間に、読者にそのキャラの属性を一瞬で分かってもらわないといけません。自撮り写真は、そういう意味で漫画の勉強にもなったし、楽しかったですね。後付の理由だったかもしれませんが(笑)

小山先生は道具もすごいんです。定規を勝手に改造しています。『宇宙兄弟』のコマとコマの間は、横幅2.5 mm、縦幅 6mm空けると決まっています。ただ、いちいちそれを測るのは手間がかかるので、2.5 mm間隔の隙間が空いた定規を作っていました。ペン軸も、漫画用ではないものを買って、改造していましたね。

つまり自分が心地よい、使いやすいと感じるものを突き詰めて使っているんです。それも結局は楽しいという感情のためにやっていることですよね。

僕は一時期漫画を描くことを楽しめなくなっていました。漫画家の資質として一番大切なものであるにも関わらず。だから、小山先生のそういう様子を見ることは、僕にとってとても刺激になります。

ーーなるほど。羽賀さんが『宇宙兄弟』のアシスタントを続けている理由がちょっとだけわかった気がします。

『君たちがはどう生きるか』がヒットした後も『宇宙兄弟』のアシスタントをやめなかったことは、とても良かったと思っていて。突然ヒットしたけれど変な勘違いをせず、小山先生の仕事ぶりを見ることで、背筋を正されます。そのことが本当にありがたいですね。

先生自身は変わっておらず、自分がいろんなものを見落としているだけ。そこに気づけるか気づけないかは自分次第。自分が変わらないといけないと痛感しますね。

4. 過去作品を振り返ってみる

ーー今日は子どもの頃の作品を持ってきてもらいました。ありがとうございます!学級新聞、詩、漫画もあるんですね!すごい!

漫画は、中学3年生の時に描いたものです。小学校の先生に見せて、すごく素敵な手紙をもらいました。よく見ると、漫画用の原稿用紙に描いて、スクリーントーンも貼っていますね。ただ ネームというものを知らなかったので、この漫画にネームは存在していません。当時から、漫画家という職業は意識していましたね。

ーー『ケシゴムライフ』の思い出を聞かせてください。

6,000部も売れ残って、それが全部コルクの事務所に戻ってきたんです。一時期、事務所の半分ぐらいが『ケシゴムライフ』のダンボールに占領されていました(笑)

そこで「『ケシゴムライフ』を配るしかない」ということになって。佐渡島さんが講演をするたびに名刺代わりに来場者全員に配っていました。

『ケシゴム ライフ』があって繋がっている縁はたくさんあります。「根津カレーLucky(ラッキー)」のマスター緒方さんも、『ケシゴムライフ』を読んでくれていた一人です。

だから売れ残ったけど刷って良かったと今では思っています(笑)

ーー『君たちはどう生きるか』のストーリーもぜひ!

『君たちはどう生きるか』は、初版15,000部でした。漫画化の企画が立ち上がったときに、僕を推薦してくれた原田隆さんという編集者も『ケシゴムライフ』を読んでくれていました。

その当時の僕の編集担当の柿内芳文さんや『嫌われる勇気』の古賀史健さんたちが、原田さんとずっと親交があったので、彼らから「 絶対ダーハラ(原田さんのニックネーム)に会うべき。あの人は漫画そのもの!(笑)」と言われていました。とても慕われている様子で、いつかお会いしたいとずっと思っていました......が、原田さんは完成前にご病気でお亡くなりになってしまって、直接お会いすることは叶いませんでした。本当に、お会いしたかったです。

5. 単純な出来事を長編ストーリーへ

ーー 最後に、作家志望の人にアドバイスをお願いします!

あれもこれも描こうとすると、ごちゃごちゃになってしまいます。僕は最初の頃は、ケシゴムを拾ってもらって嬉しい、という単純なストーリーをベースに、それだけで30 ページ描いていました。どこにでもある出来事は、どうすれば面白くなるのか。どうすれば次のページをめくりたいと思ってもらえるのか。それを常に考えていたことが、今につながっています。そうやって描いてみるのも良いと思いますよ。

◇ ◇ ◇

ーーインタビューはこれで終了です。羽賀さん、ありがとうございました!!2019年も羽賀部で盛り上がりましょうね!(羽賀部員一同より)

コルクラボ羽賀部では、不定期で読書会などのイベントを開催しています。twitterで #羽賀部 #羽賀翔一 でぜひ検索してみてください。

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