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童貞を卒業した自分にあてた手紙


拝啓 童貞を卒業したいつかのあなたへ

現在24歳童貞の私から、童貞を卒業した未来のあなたへ手紙をしたためました。あなたのことですから、いつ童貞を卒業するかもわからないので、この手紙は「note」に投稿してデジタルタトゥーとして残すことにしました。怒らないでください。

私は今、とても辛い時期を過ごしております。縁もゆかりもない土地で新入社員として働きだした私は、居場所と言える場所をつくろうと、孤軍奮闘しています。会社で。近所で。行きつけのお店で。しかし未だ自分の居場所と言える場所はありません。もうここに来て4か月も経とうとしているのに友達一人、恋人一人できません。予備軍すらいません。とても寂しいです。

会社では世間話もろくにできず、業務にもなかなか慣れず、肩身の狭い思いをしてデスクに座っています。もうすでに会社を辞める時のことを想像してすらいます。まずもって、社会人というのは、こんなにもコミュニケーションを求められる人種だとは思いもしませんでした。報連相を欠かさないことを、新人研修でベタに教わりましたが、これが非常に難しいのです。人見知りの私は、業務の報告をするにも大きなスイッチをバシッと押してからでないと動けません。そしていざ動いたとしても、報告する声が震え、どもり、しどろもどろになります。幸い、先輩は優しいのですが、その優しさがいつまで持つのか、そのことに恐れを抱いています。

また、業務上のコミュニケーションに限らず、会社のそこここで繰り広げられる世間話にも苦慮しています。会社を少しでも自分にとって居心地の良い場所にするために、頑張ろうと思ってはいるのですが、うまくいきません。楽し気に話す同僚の会話に割って入ろうとしては尻込みしてしまいます。そんな時、私は思い出すのです。大繩の中になかなか入れず、不器用にリズムを取りながら、額に脂汗をたらす、小学校の時のクラスメイトの姿を。大繩なら難なく入っていけた当時の私には彼の気持ちがいかほどのものかわかりませんでしたが、今の私にはありありと分かるような気がします。

童貞を卒業したあなたはどうでしょうか。軽々と大繩の中に入っていけてるでしょうか?現在の私にはそんな姿は想像もつきません。大繩で物理的にシバかれて快楽の喘ぎを漏らすのが関の山ではないでしょうか。きっと童貞卒業も玄人相手だったのでは…?

申し訳ございません。話が逸れました。

現在の私はまた、社会人の負う責任の甚だ大きいことに恐れおののいています。責任からいかに免れるかしか考えてこなかった私には、この恐怖に耐えられる自信がありません。こんな恐怖に今後40年に渡って晒され続けていくのか、と思うともはや絶望しかありません。なので最近の私は、将来を考えるにしても、ごくごく近い将来しか考えないようにしています。仕事から帰宅して見る予定のアニメ。3日後にある好きなバラエティ番組。10日後に配信される好きな芸人の単独ライブ。そんなささやかな楽しみを手繰り寄せながら、何とか辛い今を生きるための希望を紡いでいます。

でも眠れぬ夜にふと、漠然とした将来の不安に襲われるのです。私は社会人としてやっていけるのか。自分のことを今より好きになれているのか。誰かを愛することはできるのか。誰かから愛されているのか。愛に見放されて、孤独の虚無に突き落とされてはいないか。

もしこの不安が的中していたとしても言わないでください。多分生きていけないでしょうから。でも言ってくれた方が、今から対処できるか。まあ、お任せします。

会社に居場所を見出せない私は、酒の場に赴くことにしました。しかし結末はあなたの知るところです。お酒を全く飲めない下戸なうえに、今まで一人で居酒屋やバーに行ったことがない、そんな私が勇気を出して行った甲斐むなしく誰とも仲良くなれませんでした。もっといい出会いがあると思ったのですが、ろくな出会いがなかったです。

自分が女として扱われないからといって若い女性に嫉妬し、何かしら悪口を言わないと気が済まない中年女性。「君、将来何をしていきたいの?若者が今何を考えているのか聞きたいんだよ」と、若者を応援する善き人生の先輩を装いながら、「俺の若いころは…」とか「そんなんじゃダメだよ」と聞いてもない自慢話やアドバイスをのたまわる、口臭激クサオヤジ。いい人だと思って少し心を許したら、怪しい水を勧めてきたスピリチュアル老女。一番腹が立ったのは、私が童貞だとわかるやいなや、それまでの経験人数を披歴してくるヤリチン大学生。あなたはこれらをいい思い出として消化しているかもしれません。ですが、現在の私にはただただ不愉快なだけです。

これを機に私は酒の場から撤退し、自分でコミュニティを作ることにしたのですが、その時のことをあなたは覚えていますか?大変だったから覚えているのではないでしょうか?集まる場所をおさえて、チラシを丹念につくり、お金をかけてそれを何部も刷って、頭を各所で下げてチラシを置いてもらいました。だけどその結果が、怪しい宗教団体を疑われて、誰も集まらず、大きい貸室にひとりむなしく佇む、というものでした。

こんな調子で、私はこの田舎町でやっていけるのでしょうか。近い将来に、孤独に耐え切れずに、この町のことやこの町の人のことを大嫌いになって去っていくような気がしてなりません。それに、童貞の私にとって切実なのは、彼女ができる気配が微塵もないということです。出会いといえば、会社ぐらいなものですが、同年代の女性は軒並み結婚しています。彼女たちはどこでパートナーを見つけたのだろう?と疑問だったのですが、どうやら田舎あるあるで、腐れ縁とか何かで結婚するんだそうです。それを聞いてなおのこと絶望しました。よそ者の私には、そんな縁があるわけもないからです。よそ者同士で結ばれる可能性も考えましたが、この町に来るよそ者はだいたいIターンで移住してきたキラキラカップルなので、それも難しそうです。

しかし童貞を卒業したあなたは、余裕から来る尊大さでこう言うのではないでしょうか。「彼女作れるかどうか、童貞卒業できるかどうかには環境は関係ない」と。確かに、それは真実なのでしょう。しかし時に、真実は切実な苦しみの前に無力です。苦しみの只中にいる人は、真実を目の当たりにされても、それを見ようとしません。もしあなたがこの手紙に返事を下さることがあって、その中に、そのような真実を提示していれば、私はあなたに失望するかもしれません。あなたは過去の自分の苦しみを忘れてしまったのだな、と。一向に慣れない業務と、それに伴う責任と、将来への不安と、それを打ち明ける相手もいない孤独と…。それらを忘れてしまったのだな、と。それはとても悲しいことです。とても寂しいことです。なぜなら、あなたが、今の私の苦しみを覚えていなかったら、その苦しみがまるで意味のないことのように思えるから。

本日あなたに手紙をしたためたのも、この苦しみを聞いてほしかったからです。思い出してほしかったからです。今、この苦しみを受けとめてくれる人は誰もいませんが、あなただけでも受け止めてくれれば、私は少し気が楽になります。それでは、何年後かにあなたに会えることを楽しみにしています。

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