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ねぇ先輩。新島に行ってきたんです。

これは次第に疎遠になってしまった先輩への手紙。オトナへの一歩を歩んだあの頃の記憶から今日までを綴っておきたい。

池松潤(いけまつ・じゅん)
コミュニケーションデザイン / noteクリエイター/文筆家
慶應義塾大学卒・大手広告代理店を経てスタートアップの若手との世代間常識を埋める現役57歳。登壇・イベントなど⇒ https://lit.link/junikematsu


先輩は、数少ないウチの事を話せる仲でした。高校生だった僕にとって家庭ことを話すのは恥ずかしいことで、自分だけはフツーの家だと思っていたから、あの頃はとにかく恥ずかった。そんな歳頃だったんだと思います。

「なぁ。お前カノジョはどうなん?」
「別れたばっかですよ。それにそれどこじゃないですよ」
「ああ。お前ん家、相変わらず内戦状態なんだっけ」

僕がまだ高校生だったあの頃。中学のバスケ部の夏合宿にコーチとして参加したあの夏の日。合宿の最終日の夜に、誰もいない競技場に寝っ転がって星を眺めていました。

「先輩はどうなんすか」
「うん。明日の夜から新島にいく」
「へぇ。ナンパっすか。いいな」

あのとき、体育館の前に広がる競技場に風が吹いてきて、僕たちの頬を柔らかい風が駆け抜けていったのです。目を瞑ると網膜に焼き付いた、星の煌めきがすーっと流れていった。先輩はニヤリと笑って、星空にバスケのシュートをする仕草をしました。高校一年生と大学一年生の二人は、夜明けちかくまで恋バナしていたのです。

夏休みもおわり、先輩と僕と、僕の同級生の女子2人の4人組で、秋の海にドライブに行きました。新島で見つけたカノジョとはもう別れたみたいで、カーステレオから流れてきたのはユーミンの「真珠のピアス」でした。

真珠のピアス落とすなんてどんなやつだよ。そんな会話をしてた気がします。記憶が白濁しているのは、僕ん家は家庭内の大紛争が激化していて、憂鬱な気分が晴れなかったからでしょう。車から見える葉山の海はキラキラと輝いていたのに。

先輩は僕の同級生の片方を気に入って、そのあと少し付き合ってましたね。隠してたけど知ってました。先輩には話してなかったけど、僕は駅のホームでぶつかって一目惚れした子と付き合っていました。なんで隠していたんだろう。

やがて僕が大学生になると、先輩は社会人になって大手証券会社に勤めることになったけど、その会社が数年後に廃業になるとは思いもしませんでした。

先輩とは一緒にドライブへ行くことが多かった。その頃には、先輩はもう新島には行かなくなっていたけど、その理由はなんだったんでしょう。あの頃一緒に遊んでくれたから、オトナへの一歩を歩いていけたのだと思います。そしてふたりとも少しずつオトナになったのかもしれません。

先輩の会社が自主廃業して、ニュースで大騒ぎになって、転職して、僕は広告会社に入り超忙しくなりました。そして段々と疎遠になった。最後に話したのは何時だったのか思い出せません。

ねぇ先輩。この前、新島に行ってきたんです。

ナンパの島だったのは大昔のハナシ。南の島は太陽が射し込むとTシャツでも暑いほどで、晩秋とは思えない陽気でした。季節外れの海は、人影もなくて綺麗だった。

あの頃はもう戻って来ないけど、先輩はどんな人生を過ごしているのでしょうか。お互いずいぶんと時間を積み重ねてしまいました。先輩ならあの頃のようにニヤリと笑って陽気に過ごしているのでしょうか。それともフツーのオジさんになってしまったのでしょうか。

もうあの頃は戻ってこないけど。海はどこまでも蒼く、キャンプ場は良かった。お魚、くさや、焼酎、かっこいい島寿司のお店、優しい民宿のおばさん。釣ってきた魚を食べさせてくれる居酒屋さん。先輩の言ってたとおりの良いところでした。写真を送ります。

生きていくのは大変です。人生は、あれよアレよと波間に消えゆく泡のようなもの。でもいつまでも恋をしていたいと思います。ナニ言ってるんですかねオレ。またどこかで会ったら、笑って飲んで語り合いましょう。あの日のように。

池松潤



羽伏浦キャンプ場


◆羽伏浦海岸

◆白ママ断層


新島村・観光案内所


東京・調布飛行場から約50分。
新島のことを知りたくなったら

https://niijima-info.jp/



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