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京博「茶の湯」レポ~何度も見れば「解る」茶道具~

2022年10月8日~12月4日まで開催されている京都国立博物館の特別展「京に生きる文化 茶の湯」を観覧したレポートです。

茶の湯の名品を集めた大展覧会

貴船、大原、嵐山。紅葉目当ての観光客で賑わう錦秋の京都。平日にも関わらずぎゅうぎゅう詰めの市バスでたどり着いたのは千体の千手観音が並ぶ三十三間堂のすぐ隣、開館120年の歴史を誇る京都国立博物館。券売機の前にも大勢の来館者が並んでいました。

今回訪れたのは京都国立博物館の特別展「京に生きる文化 茶の湯」です。
京都のみならず日本中から集めた茶の湯に関わる名品を一堂に集めた大展覧会で国宝27件、重文多数を一度に見られるまたと無い機会(展示替えあり)。
ちなみに京博で同じように茶の湯に焦点を当てた特別展は2002年「日本人と茶 -その歴史・その美意識-」なのでこのような機会は実に20年ぶりと言えます。
展示品はざっと見ただけでも、信長・秀吉・家康が所持した天下人の証「唐物肩衝茶入 新田」この茶碗を割ってしまった近習の命を細川幽斎が和歌で救った「大井戸茶碗 筒井筒」千利休が最後まで豊臣秀吉に渡さなかった「唐物茶壷 橋立」古田織部が自分好みの大きさにするためわざと割った「大井戸茶碗 須弥」などなど、茶の湯の歴史に残る伝説的な茶道具が並んでいます。

美術品との再会

さて、夥しい名品が並ぶ本展覧会。これまで茶の湯に関わって来た人もそうでない人も是非見に行っていただきたいのですが入館料は1800円もするし全部見ると3時間くらいかかるし、わざわざ京都まで行くなら祇園とか嵐山とか華やかな所に行きたいと思う人も多いかもしれません。
特に茶の湯にこれまで興味を持ってこなかった人、博物館や美術館に行く習慣の無い人はなおさらでしょう。

興味を持ってもらうために、この記事内で私が展示品の魅力を一つひとつ語ってもいいのですがそうすると本が何冊も書けてしまう分量になるので止めておきましょう。

その代わり、いくつかの展示品に絡めてこういった展覧会の一つの楽しみ方を語りたいと思います。
今回の展覧会に限らず、博物館によく行く人特有の楽しみ方なので旅行した時に現地の博物館に行く楽しみにもなると思います。

思わぬ所で地元の名品が

「秋塘図(しゅうとうず)伝 趙令穣(ちょうれいじょう)」

「秋塘図」は中国の北宋時代に描かれた絵画です。
水鳥が憩い、カラスが飛び、木立が霧にかすむ夕暮れの水辺の風景が小さな画面に収められています。900年ほど前の作品なので紙面は黒ずみ色は褪せていますがそれが歴史を感じさせ、より雰囲気を出しています。
これは京博の所蔵品ではなく奈良の大和文華館の所蔵です。
大和文華館は私の家から気軽に行ける場所にあります。以前同館で展示された際にも見ており、とても気に入り見入っていたことを覚えています。
近所にあるならわざわざ遠くまで来て見る必要は無いようにも思えますが、見覚えのある地元の名品が展示されていると「ああ、お前今日はこんな所に来ていたのか」と知らない土地で知り合いに出会ったような嬉しさがあります。
また、今回のような大物ばかりの展覧会では一呼吸置くことができ、少し緊張が和らぎます。
普段から地元の博物館に通っているとこういった時にちょっとした特別感を感じられるでしょう。

昔出会った思い出の茶碗

国宝「志野茶碗(しのちゃわん) 銘 卯花墻(うのはながき)」

「卯花墻」は桃山時代に今の岐阜県で焼かれたであろう志野茶碗です。
志野茶碗特有の穏やかな白い釉に茶色い鉄絵で描かれた垣根が映えます。
この茶碗も茶の湯に興味を持っていれば必ず知ることになる茶碗です。
この茶碗を私が初めて見たのは10年ほど前、資格の実習のため東京を訪れた時だったと記憶しています。
当時私は三重県の大学生で東京などは滅多に行けない大都会でした。
「卯花墻」が収蔵されている美術館は東京の三井記念美術館でこの茶碗以外にも「黒楽茶椀 銘俊寛(めい しゅんかん)」など大財閥三井家が収集した茶道具が収められています。
重厚な西洋建築の三井本館の中にあり展示室の高級感に恐る恐る入って行った思い出があります。
「卯花墻」はそんな展示室の奥、独立した展示ケースの中にただ一つ鎮座していました。
そこで一目見てからおよそ10年、茶の湯に関する本を読んでいると頻繁に登場する「卯花墻」の名を見るたびにその時のことを思い出していました。
今回久しぶりに直接目にすることができましたが、遠出したついでに土地土地の博物館に行っているとこういう再会もあります。
自分の物でもない文化財ですがこうのようなことを繰り返していると思い入れができて鑑賞にもより熱が入ります。

あ、二週間ぶりです……お忙しいですね

「唐物茶壷(からものちゃつぼ) 銘 松花(しょうか)」

「松花」は高さ40cm程度の茶葉を入れるための壺です。
安土城完成祝いにこれを送られた信長が大変喜んだと「信長公記」に記されているように様々な史料に登場する有名な茶壷で大名物と言われています。
信長、秀吉、家康と持ち主を渡り歩いたのち、現在は愛知県の徳川美術館に収蔵されています。
私がこの茶壷を見たのは今回を含めておそらく三回目、ですが前回見たのはなんと二週間前。
徳川美術館の「名物-由緒正しき宝物-」展で見たばかりでした。
徳川美術館の展示が11月6日まで、展覧会終了後すぐに輸送されたのでしょう、11月15日から京都国立博物館に展示されていました。
両方で展示されることを把握していなかったのでついこの間見たばかりの大名物「松花」が鎮座しているのを見ると「あ、二週間ぶりです……お忙しいですね」という気分に。
全国ツアーについて回るアイドルの追っかけはこんな気分かもしれません。
こんなに縁があるんだから俺たちもうダチだよな……松花。

何度も見れば「解る」茶道具

さて、他にも思い入れのある展示はあるのですがこの辺にしておいて。
頻繁に博物館に行っているとこんな楽しみもあるということを長々と語りました。
とにかく博物館に頻繁に行く、旅行のついでに行く、そんな風にしていると美術品との縁ができて思い入れもできてきます。
そうすると自分がどんな物が好きなのかがわかってきてより博物館めぐりが楽しくなるでしょう。
特に自分の好きなジャンルがはっきりしてきたら、同じ展覧会でも何度も行くと良いかと思います。
すでに一度見ているので基本的な説明は見なくてもわかるようになっているのでずいぶん楽です。
特に大きな展覧会は展示数が多く全部しっかり見ていると疲れて集中力が無くなってきます。二度目に行くとこんな良い展示物があったのにどうして記憶にないのだろうと思うこともよくあります。
同じ展覧会に何回も行くことが難しくてもホームページを見れば目玉の展示品の解説があったり展示リストがダウンロードできたりするので事前学習してから行くと良いでしょう。
人によっては予習すると初めて見た感動が薄れるというような向きもありますが、短い時間で一つひとつをじっくりと見て解説も読むというのは大変なのでやはり予習は必要です。
何度も見ることで得られる体験というのはなかなか得難いもので初見の感動よりもより深いものだと思います。
私の経験としては虚堂智愚の墨蹟、通称破れ虚堂と言われる掛け軸を見ていた時、なんとなく笑いが込み上げてきて、なんとなくその墨蹟の良さが解ったような気がしました。
墨蹟は昔の高僧が書いた漢文で、花は無くとても笑えるようなものではないはずです。じっさい、これまで沢山墨蹟を見てきましたが特に良さというのは感じずに歴史や文章の意味に価値を感じていました。
それなのに破れ虚堂を前にした時だけ突然そんな感覚になったのは、わからないなりに素晴らしいと言われる墨蹟を見続けてきたからではないでしょうか。
やはり何度も何度も物を見るという行為には価値があるように感じます。
もしかしたら単なる勘違い、もしくは中二病的ななにかだったのかもしれませんが……。

おわり

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