明確な診断名がないからといって〈だめ〉なわけじゃないという言葉に救われた話

今日も自分のだめさにへこんで、
ふと思い出したので精神科に行ったときのことを書こうかなと。

私は昨年、仕事先でいろんなことがあったからか
生理前のPMDD(月経前不快気分障害)が特にひどくなり、
特に泣く場面でもないにも関わらずスイッチが入った途端打ち合わせ中に涙が止まらなくなりトイレにかけこむ場面が何度かあったり、zoomもマスク着用や画面オフでないと出られないくらい涙製造機になっていたため、仕事先に迷惑がかかっているな、、とうまれてはじめて精神科にいった。

もともと特有の「生きづらさ」を持ち合わせており、(多分HSS型HSPのHSP強め?笑)社会人になってからは特に人の評価を気にして生きてきた人生だったのと、PMDD、そして以前から悩んでいた社会不安障害のような症状、持ち前の要領の悪さから発達障害も少し懸念していたので自分としてはやっといったか、という感じである。

去年の夏頃だったかな。代々木公園近くの精神科に行ったのだが、
そのときは私以外待合室に2-3人ほどいる程度だった。

待合室に座りながら社内チャットを眺め、新卒の子が依頼されたことにたいして「喜んで!」とスタンプを打っているのをみて、一緒に働くのであればみんなこの子みたいに前向きな子のほうがいいに決まってるよね。私なんていないほうがいいはず。って思ったっけ。(元気になってから意図的に「喜んで!」を使うようになったことは内緒笑)

数分後、長髪の生物学上男性の先生がでてきて診察室に呼ばれた。
精神科に行くのが初めてだったので、ネットで「精神科に行く前にやること」を調べていたからどんな症状がいつから出たのか、何に悩んでいるのかなどを種類別に6項目くらい事細かく書いたメモをみせたところ、こんなに書いてくれたなら問診いらないなと言われた。

私の中で生活で困っていることや不安要素を、明確な名称は書かずに3種類に分けて書いていたことを先生はするりといいあて、
「「PMDD / PMS」「社会不安障害」「発達障害」の3種類ですね。センシティブなのですぐに診断はできないのだけれど、もし診断名がつかなかったとしても、内容から見てあなたはかなり近い症状で悩んでいることには代わりはないので、診断がつかなかったからと言ってだめなわけではありませんよ」
と早口に、するするする〜〜〜と流れるように言われた。
私はなんだかそれが心地よく、「診断がつかなかったら、、、 / ただの努力不足だったら、、、」と悶々と考えていた不安を払拭するかのようにあまりにも淡々と言ってくれるものだからなんだか妙に救われたのである。

特に発達障害は先生が可能性としてある障害の名前を言ってくれたのだが、ほとんど知っている内容だったので、これは違うと思う / これはそうかもとおもっている、みたいな話をした。すると「よく知ってますね。たくさん調べたんですね」と言ってくれた。

私は「瞬発力がない」「うまく話せない」「人前で話すのが苦手」「視線を感じると体が硬直する」「人の話が理解し辛い」などの、数々の「人より劣っている」と感じる部分が多くあったことで、色んなサイトのいろんな文献を読み漁りweb上のいろんなチェックリストをためしてはあれでもないこれでもない / 自分は一体なんの障害なのか、はたまたただ努力が足りないだけなのか、とぐるぐる考えていたので、暗闇を手探りであるいていたその頃の私の苦しみを認めてもらえたように感じた。

ただ、体調を崩したきり再予約をせず、
あれから精神科には行っていない。

名前がつかないうちに通院をやめてしまったので
未だに自分の「努力不足かもしれない」不出来さに消えたくなることはあるが、あのとき精神科の先生が言ってくれた言葉が今も私を前に進ませてくれている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?